カオスの海に溺れるサカナは眠れない夜に夢を見る

 アパートに帰ったアタシは、薄暗がりの中、部屋の照明をつける事も着替える事もせず、そのままベッドに倒れる様に突っ伏した。懐かしい制服のどこかくすぐったい感触が、甘酸っぱくほろ苦い李斗との記憶を連れてくる。

 『仲良くしよ? 宜しくね』

 初めて李斗に会った日、そう声をかけて、アタシは右手を差し出した。李斗はもともと愛想のない涼しい顔をしかめながら、その手を握り返す事もなく、そっぽを向いた。

 あれは……5年前。15歳だったアタシと13歳だった李斗。アタシのパパと李斗のママが再婚する事になり、私達は家族になった。物心がついた頃からずっとパパと2人だったから、家族が増えることが嬉しかったアタシとは正反対、なかなか心を開いてくれない李斗がいた。そんな李斗の笑顔が見たくて、アタシは無邪気な姉キャラで、ウザがる李斗もお構いなし。

 新しい街の新しい家に引っ越したから、アタシと李斗が本当の姉弟じゃないなんて誰も知らなくて、そんな理由もあいまってか、いつからか李斗も、少しずつ会話してくれるようになって、呆れ顔でも笑顔を向けてくれるようになった。

 それがとても嬉しくて、何気ない日常が愛しくて、アタシの中でそれが恋だと知ったのは、李斗が高校入学を控えた春休みのこと。