8月。
世間は夏休み。
でも、私には関係ない。

「桜子先生。翼くんの退院処方出してくれた?」
声をかけてきたのは、回診から戻った明日鷹先生。

そうか、今日は翼くんの退院の日だったと、私も思い出した。

「外来の予約は1週間後ですよね?」
「うん。それまでの分と、頓服も追加しておいて」
「はい」

毎食後の薬数種類と、眠前薬。頓服に、鎮痛剤と解熱剤。
これだけの量を飲むのは大変だ。

「お世話になりました」
大きな荷物を抱えた翼くんとお母さんが、あいさつに来た。

「薬は忘れずに飲むこと。体調悪くなったら直ぐ来てください」
看護師さんが退院後の注意事項を説明。

「はい。ありがとうございました」
そろって頭を下げ、翼君とお母さんはエレベーターへ消えていった。

ん?
明日鷹先生が私を見ている。

「何か?」
「桜子先生は翼くんの退院に賛成?」
「・・・」
はい。とは言えない。

翼くんともみ合いになったあの日、明日鷹先生がした点滴中断の決断に私は疑問を持っていた。
それは、今治療を中断することで病状が悪化する可能性があるから。
今治療しなかったことで将来手術することになったら、後悔しないのだろうか?
そんなことを考えていた。
もちろん本人も家族も納得した上で決めたことなのは分かっている。
でも・・・

「正解はないからね」
きっと、私の気持ちを察しての明日鷹先生の言葉に、
「そうですね」
としか答えられなかった。