4月に入って1週間。
桜の花は満開を迎え、行きかう人影にも新入社員らしき姿がちらほらと見える。
ここは、駅から少し離れた場所にある小料理屋 桜音《おと》。
カウンターとテーブルが2つだけの小さな店。

ガラガラ。
入口のドアが開いて、男性客が二人入って来た。

「いらっしゃいませ。あら、剛君。久しぶり」
「こんばんは、ママ」
一人は常連らしく、親し気に挨拶を交わしている。

二人ともスーツ姿で、靴も時計もブランド品。
見た感じ三十代で、ちゃんとした社会人に見える。
ん?っすれ違った瞬間、ちょっとだけ薬の匂いがした。
もしかして、ドクター?

「とりあえずビール」
「はい」

「お待たせしました」
私は母さん手作りのお漬物を付け出しに、ビールを運ぶ。

「ありがとう。君は、バイトの子?」
剛君と呼ばれた常連らしき男性が聞いてきた。

「娘よ。似てないでしょう」
とカウンターの中から母さんが答える。

「へえー」
「へぇ~」
二人が一斉に私を見た。

「君は、学生?」

聞いてきたのは、剛君と呼ばれた男性の連れで幾分落ち着いた雰囲気の人。
一方剛君の方は・・・少しチャラくて、うちの大学にも大勢いる金持ちの坊ちゃん風。

「ええ、まあ・・・」
私は曖昧に答えてテーブルを離れた。

どちらにしても、この先どこで出会うかもわからない人たちならできるだけ接点は持ちたくない。