あの日から、僕の路上が10時に終わることはほとんどなかった。

季節は秋から冬になり、日によってはかなり寒い日もあった。

それでも彼女は、ずっと来てくれていた。


僕が唄い、彼女が5メートル先の階段で座って聴いている…。

時々目が合うと、彼女は優しく微笑んでくれる。


唄い終わった後は、階段に座って彼女といろいろな話をした。

それは音楽の話というよりも、世間話の方が多かった。

そうやって僕たちはお互いの距離を少しづつ縮めていった。

もちろんその裏には僕の片思いという感情が隠れていたのだけれど…。


そしていつからか、そんな日々が当たり前のように感じるようになった。

それが僕にとってどれだけ安らぎに満ちていて幸せなことだったことか…。


人は時と共に環境も考え方も気持ちも変わってくる…それは当然のことなのに、僕がそのことに気付くにはあまりにも未熟で未完成な大人だった。

先のことなど考えず、ただ漠然とこの生活がずっと続くものだと思っていた。




*




年が明けてすぐ、僕は仲のいい音楽友達に「お前と一緒にやりたがっている奴がいるけど、そいつとやってみないか?」と誘われた。

つまり「ユニット」として活動していかないか?という誘いだった。

僕と一緒にやりたがっているというその彼は、この街の路上ミュージシャンの中では割と目立つ存在の人だった。

僕とは違って、それなりに人気もあるし一人でも充分やっていける…なのに彼は僕と一緒に音楽活動をやりたがっていた。

路上で唄っていても一人しか聴いてくれない…こんな僕と一緒にだ。


その理由はギターの演奏技術にあった。

彼の歌唱力は自他も認めるほど素晴らしいものがあったが、ギターはほとんど弾けなかった。

僕もプロになれるほど上手くはなかったが、ギターに関してはそこそこの自信があった。

何もしないで下手なまま、ただ楽しいからというだけで何年も路上ミュージシャンを続けていたのではない。

ちゃんとそれなりの努力はしていたのだ。

だから、その友達が言うには「彼が歌でお前がギター…二人で組めばきっと今よりもっと人気が出るはず」そう言って僕を誘ってきたのだ。