7時から始めたその日の路上もいつもと変わりなく、時間は9時を回った。

静まり返った駅の出入り口で一人、僕はギターをケースに仕舞い、ゆっくりと片付けを始めた。

栞がいつも来てくれていた時は、地面に広げられた機材やシールド(ギター等を繋ぐコード)などの面倒な後片付けも彼女が手伝ってくれていた。

二人でいろいろな話をしながら…だからその時の僕はそれを一度も面倒だとは思ったことがなかった。

そして、そんな僅かな時間も僕にとってはかけがえのない時間であって、もう取り戻すことができない時間なのだ。


でも今の僕にとっては、この時間が一番辛く寂しい時間だった。何より一番彼女のことを思い出してしまう時間になっていた。


そんな僕のすぐ傍を、何人かの人が足早に過ぎ去っていった。

おそらく電車が着いたのだろう。

その後すぐにまたこの場所には静けさが広がる。

僕の耳には、駅を吹き抜ける冷たい風の音だけが騒がしく聞こえた。


僕は両手を口元に近付けて「ハァ…」と白い息を吹きかけ、冷え切った手を温めながら夜空を見上げた。


綺麗な満月だった。


それはあの日と同じ…

僕に「冬の月」のメロディをくれた…

満月だった…。


『この曲は…

君が僕にくれたんだろ?

僕と栞ちゃんのために…。

もし、僕と栞ちゃんが離れても…

この曲でずっと繋がっていられるように…だよね?

でなきゃ、こんなにいい曲を僕が作れるわけないよ…。』


僕はそう満月に話しかけ、一度仕舞ったギターをケースから取り出した。