栞の田舎は、僕の地元からだと日帰りで行けないくらい遠かった。

だから僕はこれを機に覚悟を決め、仕事も辞めてこの地に引っ越した。

周りから見れば、彼女を追いかけて来たということになるのだろうが、決してそういうわけではなかった。

もちろん、栞の友達に聞けば彼女と連絡を取ることは簡単なことだった。

でも僕はあえてそれを聞かなかったし、栞の友達にも僕がここに引っ越したことは、彼女に黙っててもらえるようにお願いをした。

僕は栞が生まれ育ったこの街で、新たな人生の第一歩を踏み出すことを決めてここに来たのだ。

それは、大切な人を大切に出来なかった未熟な僕の、僕に対する戒めでもあった。

そして、僕はこの街でもストリートミュージシャンとして歌を唄い、もう一度栞が僕の唄を耳にして立ち止まってくれることだけを信じていた。


たとえ何ヶ月…いや何年かかってでも、きっと彼女はまた僕を見つけて小さな拍手をくれるはず…。

だって僕は…君のためだけにここで唄っているのだから…。




*




地元の駅ビルに比べると、この街の駅はずいぶんと静かだった。

決して街外れの駅ではなくて、僕が選んだのはこの街ではおそらく中心の駅だった。

いろいろな沿線への乗り換えも出来るし、路線バスの始発でもある。

でも、ロータリーを周る車の数も、駅を利用する人の数も予想以上に少なかった。