それから2か月が経ち、季節は春を迎えようとしていた。

「ハルヒト」の路上は、その勢いに更に滑車をかけ、土曜の夜での集客は300人を超すようになっていた。

インディーズ事務所からの誘いや、様々なイベントからも出演のオファーがあった。

僕と春樹はプロのアーティストに、確実に一歩ずつ近づいていた。


僕は栞への思いを心の奥に仕舞いこみ、日々の活動に精一杯の努力を続けていた。




*




「最近、人時さんの彼女来てないですよね?」


路上が終わって、機材を片付けていた時に春樹がそう言ってきた。

その言葉を聞いて僕の手の動きが止まった。


『彼女って?』


「ほら…よく来てた…あの清楚な女子大生っぽい子ですよ!」


春樹が言ってるのは、栞のことだとすぐにわかった。


『別に…彼女じゃないですよ』


そう返して僕はまた手を動かし始めた。


「そう?なんですか?じゃ…あの子の片思い?」


『そんなわけないじゃないですか…。っていうかよく来てたって?1回だけでしょ?』


「うううん、よく来てましたよ!俺らが路上始めた頃から…1か月くらいはずっと来てたはずなんだけど…」


『え!?そんな…誰かと間違ってるんじゃないですか!?』


「あ…そっか…あの子がいつも立って聴いてた位置だと…
人時さんからは見えないんですね、柱が邪魔で」


『それって…本当の話?』


「当り前じゃないですか(笑)だって、あの子は人時さんが一人で路上してた時からずっと聴いてた子でしょ?ちゃんと顔くらい覚えてますって(笑)」


その話を聞いた瞬間、一気に鳥肌が立ち、僕の心臓が高鳴ってくるのがわかった。


知らなかった…

栞は僕が気付かない所から僕のことをちゃんと見てくれていたのだ。

だから何もかも知ってて…

「楽しいですか?」って僕に訊いた…。

なのに僕は…。


もしかしたら…とんでもない間違いをしていたのかも知れない…。




その時、後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「あの…人時さん?ですか?」