一曲唄い終わって、彼は一度軽く頭を下げた。
不思議に思った僕が後ろを振り返ると、ついさっきまで誰も居なかったはずのその場所に…
ざっと数えても10人以上の人たちが彼を取り囲むように集まっていた。
それにはさすがに驚いた。
でも、それが彼の唄の力なのだ。
どんなに寒くても…彼の唄には人の心を掴み、立ち止まらせる力がある。
この時、僕が「この人となら…」と思ったことは確かだった。
今まで自分が信じてやってきたこととは明らかに違う…
でも、これだけたくさんの人と一緒に音楽を楽しめるのならそれでもいい。
路上に出て何時間唄っていても、誰一人立ち止まることがないくらいなら…
彼と組んで、たくさんのお客さんを集めて、この街で有名になる。
そして、プロを目指すのだ。
僕はこの瞬間、心の中でそう決意した。