”もしかしたら…この曲は僕一人での路上の最後の曲になるのかも知れない”


そう思った僕は、カバンから手のひらサイズのカセットレコーダーを取り出し、慣れた手つきでセットした。

ギターを膝に乗せ、レコーダーの録音ボタンを強く押す。

テープが回転を始め、録音中を示す赤いインジケーターランプが点灯した。

栞は黙ったまま、その僕の行動を目で追いかけていた。

すでに録音が始まっていることを確認した僕は、一度深呼吸をし、もう一度夜空を見上げた。

そこにある満月に祈りを込めるようにゆっくりと瞼を閉じて、僕はギターを弾き始めた。

メロディは出来上がっているが、歌詞がないその曲を、僕はラララで精一杯唄った。




*




『…これ』


唄い終わった後、僕はカセットテープをレコーダーから取り出して栞に差し出した。

彼女は僕が差し出したその手を見て驚いた表情を見せた。


「え!?なんですか!?」


僕はそのカセットテープだけを見ながら答えた。


『あのさ…あの』


なかなか次の言葉を声に出せずに僕は躊躇していた。


「は…い?」


『あの…この曲の歌詞を書いてほしいんだ…』


「え!?無理無理っ…できませんよ、そんな…」


僕は視線を彼女に向けた。

こんなに近い距離で彼女のことを直視したのはこれが初めてのことだった。

次の瞬間、栞と目が合った。

いつもならすぐに視線を逸らすのだが、この時の僕は違った。

彼女はどうしたらいいのかわからないような、照れているような恥ずかしいような…そんな曖昧な仕草を見せていた。

僕はそんな彼女を真っ直ぐに見つめた。

それだけ僕は真剣に、栞にこの曲の歌詞を書いてもらいたかった。

おそらく僕の…一人路上で最後になるこの曲の歌詞を…。