パネルが崩れたことで一時騒然となったけど、怪我人もいなかったこともあり、文化祭は何事もなかったかのように再開していった。
「白石先輩、よかったですね」
「あん?」
人目を避けるように屋上に来た私は、文化祭を楽しむみんなを見ながら白石先輩に声をかけた。
「私、てっきり佐藤先輩の告白が失敗するから白石先輩が保健室に戻ってきたと思ってました」
「なんだよそれ」
なせか不機嫌な感じの白石先輩が、あぐらをかいて地べたに座った。
結局、あのあとから離れることのない二人のつながれた手を見るかぎり、佐藤先輩の告白は失敗どころか成功したみたいだった。
「約束だったんでしょ? 佐藤先輩の告白の結果を見なくていいんですか?」
誘ってもなかなか見ようとしない白石先輩にしびれを切らした私は、そっぽを向く白石先輩に詰め寄った。
「あの二人、両片想いだったんだ。だから、後押ししてやっただけの話だ」
「だったら、別に見てやってもいいじゃないですか」
「あのな、俺は好き好んでキューピット役とかいうダサいマネしたんじゃないんだ。それに、結果はわかっていたとはいえ、佐藤の幸せそうな笑顔なんて見れるかよ」
「え? それって――」
「馬鹿、少しは察しろよ。ったく」
顔をふせて声をふるわせる白石先輩の姿を見て、ようやく私は白石先輩の気持ちに気づいた。
――白石先輩……
うつむいた頬を流れる雫が、白石先輩の全てを物語っていた。
「初めてだったんだ」
「え?」
「初めて、イケメンカルテットとかいう馬鹿なフィルター越しではなく、一人の人間として見てくれた人がいた。その純粋さに惹かれた哀れな男は、叶わぬ恋と知りながらもキューピット役を引き受けたってだけの話だ」
顔を上げた白石先輩が、淡い光を放つ月を見上げていた。
「住む世界が違うって、まったく、いったいなんなんだよ」
弱く吐いた言葉に、白石先輩の悔しさが滲み出ていた。イケメンカルテットともてはやされ、恋愛に苦労したことのなかった王子が初めて直面した恋。そこには、初めて人を好きになった白石先輩なりの苦難があったのだろう。
――白石先輩、本気で佐藤先輩が好きだったんですね
とめどなく溢れる涙を見て、私はなにも言わずに白石先輩の隣に座った。幽霊も泣くんですねって茶々を入れたいところだけど、王子の初失恋には似合わないとして言葉を飲み込んだ。
「白石先輩、月がきれいですね」
「あ? なに言ってんだお前」
少しだけ薄くなった白石先輩が、無理矢理目を擦りながら私を赤く腫れた目で見つめてきた。
「だから、月がきれいですねって言ってるんです」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「え? どういう意味ですか?」
「なんだ、知らないのかよ。有名な夏目漱石の翻訳の話を」
「知らないですけど、なにを『月がきれいですね』って翻訳したんですか?」
白石先輩の謎かけみたいな質問に戸惑っていると、なぜか白石先輩は意味深な含み笑いを浮かべた。
「それはな、『I love you』 だ。つまり、お前は俺に告白したってことなんだよ」
「えぇぇぇ! ち、違いますよ!」
「そうか、ついに生きた男子を諦めたってわけか。まあ、お前なら面白いからつきあってもいいぞ」
「ちょ、待ってください。私、一ミリも諦めてないですから。それに、白石先輩は幽霊ですから、つきあうなんて無理ですよ」
「馬鹿、冗談だよ。真に受けるなよ」
そう笑った白石先輩の体は、もう透き通るほど消えかかっていた。
「やっぱり、逝ってしまうんですね?」
白石先輩が目的を果たした以上、この世に留まる理由はなくなった。わかっていることとはいえ、急な別れに胸の奥が少しだけ苦しくなった。
「真莉、お前はいい奴だな」
「はいはい、私は単細胞ですよ。ていうか、いつのまにか名前呼びなんですね」
いつのまにか名前で呼ばれていた私は、ちょっとだけ恥ずかしくなったことを隠すようにツッコミを入れた。
「そうじゃない。本当に真莉はいい奴って思ってるんだ。こんな俺を相手してくれたし、佐藤のことも助けてくれた。真莉は自分にいいところはないと言ってたが、誰かを楽しませたり、誰かを助けたりできるってのは素晴らしいことだと思う。だから、これからは少し自信を持って生きていくんだな」
ちょっと照れたように頬をぽりぽりしながら、やけに真面目に白石先輩が語りかけてくる。まさか本当に褒められるとは思わなかったから、恥ずかしさが勝って上手く返事ができなかった。
「彼氏探し頑張れよ。真莉ならきっといい奴が見つかるよ」
「嘘でもそう言ってもらえると嬉しいです」
「馬鹿、本気で言ってるんだ。そうだ、本気ついでだが、もし俺が生まれ変わって再会することがあったとして、そのときに真莉に彼氏がいなかったら俺が彼氏になってやるよ」
「ちょっと、それはアニメやドラマだと本当に彼氏ができないパターンになるじゃないですか。心配しなくても絶対に彼氏を見つけてみせますよ」
「そうか、そうだな」
立ち上がった白石先輩が、無邪気な笑みを浮かべる。その姿は、もうほとんど月明かりに消えていた。
「最後に、真莉に会えてよかったよ。ありがとな、真莉」
「私もです、白石先輩」
さよならの声だけ残し、白石先輩は完全に消えていった。
そんな白石先輩がいなくなった月夜を眺めながら、ほんの少しだけ白石先輩が生まれ変わるのを待ってみようかと思った自分が、妙におかしくて笑ってしまった。
「白石先輩、よかったですね」
「あん?」
人目を避けるように屋上に来た私は、文化祭を楽しむみんなを見ながら白石先輩に声をかけた。
「私、てっきり佐藤先輩の告白が失敗するから白石先輩が保健室に戻ってきたと思ってました」
「なんだよそれ」
なせか不機嫌な感じの白石先輩が、あぐらをかいて地べたに座った。
結局、あのあとから離れることのない二人のつながれた手を見るかぎり、佐藤先輩の告白は失敗どころか成功したみたいだった。
「約束だったんでしょ? 佐藤先輩の告白の結果を見なくていいんですか?」
誘ってもなかなか見ようとしない白石先輩にしびれを切らした私は、そっぽを向く白石先輩に詰め寄った。
「あの二人、両片想いだったんだ。だから、後押ししてやっただけの話だ」
「だったら、別に見てやってもいいじゃないですか」
「あのな、俺は好き好んでキューピット役とかいうダサいマネしたんじゃないんだ。それに、結果はわかっていたとはいえ、佐藤の幸せそうな笑顔なんて見れるかよ」
「え? それって――」
「馬鹿、少しは察しろよ。ったく」
顔をふせて声をふるわせる白石先輩の姿を見て、ようやく私は白石先輩の気持ちに気づいた。
――白石先輩……
うつむいた頬を流れる雫が、白石先輩の全てを物語っていた。
「初めてだったんだ」
「え?」
「初めて、イケメンカルテットとかいう馬鹿なフィルター越しではなく、一人の人間として見てくれた人がいた。その純粋さに惹かれた哀れな男は、叶わぬ恋と知りながらもキューピット役を引き受けたってだけの話だ」
顔を上げた白石先輩が、淡い光を放つ月を見上げていた。
「住む世界が違うって、まったく、いったいなんなんだよ」
弱く吐いた言葉に、白石先輩の悔しさが滲み出ていた。イケメンカルテットともてはやされ、恋愛に苦労したことのなかった王子が初めて直面した恋。そこには、初めて人を好きになった白石先輩なりの苦難があったのだろう。
――白石先輩、本気で佐藤先輩が好きだったんですね
とめどなく溢れる涙を見て、私はなにも言わずに白石先輩の隣に座った。幽霊も泣くんですねって茶々を入れたいところだけど、王子の初失恋には似合わないとして言葉を飲み込んだ。
「白石先輩、月がきれいですね」
「あ? なに言ってんだお前」
少しだけ薄くなった白石先輩が、無理矢理目を擦りながら私を赤く腫れた目で見つめてきた。
「だから、月がきれいですねって言ってるんです」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「え? どういう意味ですか?」
「なんだ、知らないのかよ。有名な夏目漱石の翻訳の話を」
「知らないですけど、なにを『月がきれいですね』って翻訳したんですか?」
白石先輩の謎かけみたいな質問に戸惑っていると、なぜか白石先輩は意味深な含み笑いを浮かべた。
「それはな、『I love you』 だ。つまり、お前は俺に告白したってことなんだよ」
「えぇぇぇ! ち、違いますよ!」
「そうか、ついに生きた男子を諦めたってわけか。まあ、お前なら面白いからつきあってもいいぞ」
「ちょ、待ってください。私、一ミリも諦めてないですから。それに、白石先輩は幽霊ですから、つきあうなんて無理ですよ」
「馬鹿、冗談だよ。真に受けるなよ」
そう笑った白石先輩の体は、もう透き通るほど消えかかっていた。
「やっぱり、逝ってしまうんですね?」
白石先輩が目的を果たした以上、この世に留まる理由はなくなった。わかっていることとはいえ、急な別れに胸の奥が少しだけ苦しくなった。
「真莉、お前はいい奴だな」
「はいはい、私は単細胞ですよ。ていうか、いつのまにか名前呼びなんですね」
いつのまにか名前で呼ばれていた私は、ちょっとだけ恥ずかしくなったことを隠すようにツッコミを入れた。
「そうじゃない。本当に真莉はいい奴って思ってるんだ。こんな俺を相手してくれたし、佐藤のことも助けてくれた。真莉は自分にいいところはないと言ってたが、誰かを楽しませたり、誰かを助けたりできるってのは素晴らしいことだと思う。だから、これからは少し自信を持って生きていくんだな」
ちょっと照れたように頬をぽりぽりしながら、やけに真面目に白石先輩が語りかけてくる。まさか本当に褒められるとは思わなかったから、恥ずかしさが勝って上手く返事ができなかった。
「彼氏探し頑張れよ。真莉ならきっといい奴が見つかるよ」
「嘘でもそう言ってもらえると嬉しいです」
「馬鹿、本気で言ってるんだ。そうだ、本気ついでだが、もし俺が生まれ変わって再会することがあったとして、そのときに真莉に彼氏がいなかったら俺が彼氏になってやるよ」
「ちょっと、それはアニメやドラマだと本当に彼氏ができないパターンになるじゃないですか。心配しなくても絶対に彼氏を見つけてみせますよ」
「そうか、そうだな」
立ち上がった白石先輩が、無邪気な笑みを浮かべる。その姿は、もうほとんど月明かりに消えていた。
「最後に、真莉に会えてよかったよ。ありがとな、真莉」
「私もです、白石先輩」
さよならの声だけ残し、白石先輩は完全に消えていった。
そんな白石先輩がいなくなった月夜を眺めながら、ほんの少しだけ白石先輩が生まれ変わるのを待ってみようかと思った自分が、妙におかしくて笑ってしまった。
