結局、文化祭当日まで白石先輩が戻ってくることはなかった。おかげで、文化祭までにどうするかなにも決めることができなかった。
ただ、文化祭までに佐藤先輩が告白する松田先輩を調べた結果、佐藤先輩とは正反対の活発なスポーツ男子というのがわかり、なおかつ、今のところ彼女の存在もいないみたいだった。
夕暮れの準備から始まった文化祭は、夜がくるのと同時に始まった。私の高校では、文化祭を夜にやることになっている。そのせいか、綺麗な月明かりの下で普段とは違う雰囲気に、みんながいつも以上に浮かれていた。
「あ、新山さん!」
友達の輪から離れ、残暑の生ぬるい風が強く吹く中、グラウンドに設置された巨大なパネルをぼんやり眺めていたところで佐藤先輩に声をかけられた。
「佐藤先輩、いよいよですね」
思い詰めた表情の佐藤先輩になんと言っていいかわからず、それ以上言葉は続かなかった。
――どうしよう……、言ったほうがいいのかな?
ぎこちない笑みでうなずく佐藤先輩に、小さな胸がキュッと痛くなる。佐藤先輩の告白の結果は、たぶん実らないだろう。それをわかっていながら伝えないというのは、佐藤先輩にひどい仕打ちをしているような気がしてならなかった。
「大丈夫、安心して」
「へ?」
「私、どんな結果になっても後悔しないから。白石くんとの約束は守りたいしね」
強張った表情から一変して真顔になった佐藤先輩が、思いの丈を吐き出していく。最初に聞いたときからわかっていたけど、佐藤先輩を止めることは私には無理だった。
――白石先輩なら、止められたかも……
未来からわざわざ戻ってきてまで佐藤先輩に会いにきた白石先輩なら、ひょっとしたら止められたかもしれない。
でも、それも手遅れだった。
「頑張ってください!」
佐藤先輩の手を両手で握り、精一杯のエールを送る。そんな私に、佐藤先輩は満面の笑みでうなずくと、颯爽とパネルの方へ歩いていった。
――間に合わなかった、か
校舎の玄関に戻り、陰から佐藤先輩を見守る。このあと、松田先輩が来れば全てが決まってしまうだろう。
そう思ったときだった。
「真莉!」
甲高い叫び声のような声が頭に響き、驚いてふりかえると、真っ青になった白石先輩が苦悶の表情でよろよろと私のほうに歩みよってきていた。
「ちょ、白石先輩大丈夫ですか?」
「俺のことはいい。それより、佐藤は、佐藤はどうなった?」
慌ててかけよった私を制するように、白石先輩がさらに語気を強める。その鬼気迫る表情からは、ただならぬ気配が伝わってきた。
「佐藤先輩なら、もうパネルの見張りに行かれましたよ」
間に合わなかったとは言えず、私はさり気なく状況を説明する。私の話を聞いた白石先輩が、ふるえながらその場に崩れ落ちた。
「パネルはどうなった?」
「はい?」
「だから、パネルは無事なのかよ!」
いきなりの話に混乱する私に、白石先輩が睨みつけながらたたみかけてきた。
「パネルはどうもなってませんけど」
「そうか、ならよかった。今ならまだ間に合うな」
安心したように肩を落とした白石先輩が、噛み合わない話を続けていく。なにがどうなっているのかわからない私は、とりあえず事態の内容を教えてくれるように白石先輩に急かした。
「未来から戻ってきた理由がわかった。今日、あのパネルが崩れ落ちて佐藤が巻き込まれるんだ」
「えぇぇぇ! ってことはですよ、告白が失敗するからとかじゃなかったんですか?」
「馬鹿、なんの話をしてんだよ。とにかく、このままだと松田に告白するタイミングで二人とも巻き込まれてしまう」
突然判明した新事実に、私の理解が置いてけぼりになっていく。でも、ただならぬ表情の白石先輩を見て、事態が一刻を争うことだけはわかった。
「たのむ、佐藤を助けてくれ。俺が無理に約束したせいで、佐藤も松田も不運な目に遭ってしまう。だから真莉、なんとか二人をあの場から助けてほしい」
辛い表情のまま、白石先輩がすがるように迫ってくる。本当は自分が助けたいんだろうけど、佐藤先輩には白石先輩が視えないから、私に託すしかないみたいだった。
真剣な眼差しで私を見つめる白石先輩。そこには、イケメンカルテットという肩書をもった華やかさはなく、ボロボロになっても佐藤先輩を救おうと願う純粋な気持ちだけがあった。
「わかりました。とにかく行ってきます!」
白石先輩の迫力に背中を押され、一気にグランドめがけてかけだしていく。背中に「頼んだぞ」と念を送られた私は、一心不乱に強風が吹き荒れるグラウンドへ飛び出した。
そのときだった。
――ちょっと、待ってよ!
一瞬で視界が歪んだ私は、為す術もないままバランスを崩して膝をついた。
――なんでこんなときに!
一気に全身の血流が下がっていき、意識が剥がれるように揺らいでいく。急に襲ってきた謎スキルの貧血に、私は全身から力が抜けていった。
――落ち着いて、とにかく落ち着くの!
意識が切れそうな自分に激を飛ばしながら、なんとか力をふりしぼる。とりあえず立ち上がって走るのは無理だから、他の方法を探るしかなかった。
――弱気になるな、私
他になにか方法をと探してみたけど、月明かりがあるとはいえ薄暗いグラウンドでは、佐藤先輩に急を知らせる方法は見当たりそうになかった。
――あ、あれは!
心音が音速を超えそうなくらい加速し、冷や汗と生汗が絶え間なく流れる中、ようやく見つけたのはすらりとした背中の松田先輩だった。
――松田先輩に知らせれば
不意に見えた人影に、最後のムチを自分にふるう。松田先輩なら、スポーツマンだけに佐藤先輩を救うこともできる可能性があった。
――落ち着け、落ち着いて。たった一言名前を呼ぶだけだから
途切れそうになる意識を留めながら、深呼吸を繰り返す。距離は近いとはいえ、この暗さでは声を出さないと気づいてもらえないのは間違いなかった。
――今だ!
近づいてくるタイミングをはかり、私は一気に空気を吸い込んだ。
「松田先輩!」
裏返った私の情けない声が、静寂のグラウンドに響き渡る。ドン引きするくらいかすれた声だったけど、松田先輩の足は止まってくれた。
「君、どうしたの?」
慌ててかけよってきた松田先輩が、心配そうに手を差し出してくる。その肩越しに見えるパネルが、風に揺れて大きくぐらついているように見えた。
「先輩、説明は後です。とにかく佐藤先輩を助けてください!」
状況を説明する余裕はなかった。一刻も早く松田先輩を送り出したい私は、戸惑う松田先輩に要点だけを最後の力で伝えた。
「わかった」
半信半疑の顔だったけど、私の勢いに押されるように松田先輩が走りだした。
――お願い! 間に合って!
全てがスローモーションに変わっていくなか、全力でかける松田先輩が驚く佐藤先輩の手を握ったときだった。
強風に流されるように、やぐらからはずれたパネルが佐藤先輩に襲いかかっていく。けど、間一髪のところで間に合った松田先輩が、抱き寄せるように佐藤先輩を引き寄せたことで、災難に巻き込まれることはなかった。
――よかった……
松田先輩が間に合ったのを確認したところで力が抜けた私は、荒い息をくり返しながらグラウンドに仰向けに倒れこんだ。
ただ、文化祭までに佐藤先輩が告白する松田先輩を調べた結果、佐藤先輩とは正反対の活発なスポーツ男子というのがわかり、なおかつ、今のところ彼女の存在もいないみたいだった。
夕暮れの準備から始まった文化祭は、夜がくるのと同時に始まった。私の高校では、文化祭を夜にやることになっている。そのせいか、綺麗な月明かりの下で普段とは違う雰囲気に、みんながいつも以上に浮かれていた。
「あ、新山さん!」
友達の輪から離れ、残暑の生ぬるい風が強く吹く中、グラウンドに設置された巨大なパネルをぼんやり眺めていたところで佐藤先輩に声をかけられた。
「佐藤先輩、いよいよですね」
思い詰めた表情の佐藤先輩になんと言っていいかわからず、それ以上言葉は続かなかった。
――どうしよう……、言ったほうがいいのかな?
ぎこちない笑みでうなずく佐藤先輩に、小さな胸がキュッと痛くなる。佐藤先輩の告白の結果は、たぶん実らないだろう。それをわかっていながら伝えないというのは、佐藤先輩にひどい仕打ちをしているような気がしてならなかった。
「大丈夫、安心して」
「へ?」
「私、どんな結果になっても後悔しないから。白石くんとの約束は守りたいしね」
強張った表情から一変して真顔になった佐藤先輩が、思いの丈を吐き出していく。最初に聞いたときからわかっていたけど、佐藤先輩を止めることは私には無理だった。
――白石先輩なら、止められたかも……
未来からわざわざ戻ってきてまで佐藤先輩に会いにきた白石先輩なら、ひょっとしたら止められたかもしれない。
でも、それも手遅れだった。
「頑張ってください!」
佐藤先輩の手を両手で握り、精一杯のエールを送る。そんな私に、佐藤先輩は満面の笑みでうなずくと、颯爽とパネルの方へ歩いていった。
――間に合わなかった、か
校舎の玄関に戻り、陰から佐藤先輩を見守る。このあと、松田先輩が来れば全てが決まってしまうだろう。
そう思ったときだった。
「真莉!」
甲高い叫び声のような声が頭に響き、驚いてふりかえると、真っ青になった白石先輩が苦悶の表情でよろよろと私のほうに歩みよってきていた。
「ちょ、白石先輩大丈夫ですか?」
「俺のことはいい。それより、佐藤は、佐藤はどうなった?」
慌ててかけよった私を制するように、白石先輩がさらに語気を強める。その鬼気迫る表情からは、ただならぬ気配が伝わってきた。
「佐藤先輩なら、もうパネルの見張りに行かれましたよ」
間に合わなかったとは言えず、私はさり気なく状況を説明する。私の話を聞いた白石先輩が、ふるえながらその場に崩れ落ちた。
「パネルはどうなった?」
「はい?」
「だから、パネルは無事なのかよ!」
いきなりの話に混乱する私に、白石先輩が睨みつけながらたたみかけてきた。
「パネルはどうもなってませんけど」
「そうか、ならよかった。今ならまだ間に合うな」
安心したように肩を落とした白石先輩が、噛み合わない話を続けていく。なにがどうなっているのかわからない私は、とりあえず事態の内容を教えてくれるように白石先輩に急かした。
「未来から戻ってきた理由がわかった。今日、あのパネルが崩れ落ちて佐藤が巻き込まれるんだ」
「えぇぇぇ! ってことはですよ、告白が失敗するからとかじゃなかったんですか?」
「馬鹿、なんの話をしてんだよ。とにかく、このままだと松田に告白するタイミングで二人とも巻き込まれてしまう」
突然判明した新事実に、私の理解が置いてけぼりになっていく。でも、ただならぬ表情の白石先輩を見て、事態が一刻を争うことだけはわかった。
「たのむ、佐藤を助けてくれ。俺が無理に約束したせいで、佐藤も松田も不運な目に遭ってしまう。だから真莉、なんとか二人をあの場から助けてほしい」
辛い表情のまま、白石先輩がすがるように迫ってくる。本当は自分が助けたいんだろうけど、佐藤先輩には白石先輩が視えないから、私に託すしかないみたいだった。
真剣な眼差しで私を見つめる白石先輩。そこには、イケメンカルテットという肩書をもった華やかさはなく、ボロボロになっても佐藤先輩を救おうと願う純粋な気持ちだけがあった。
「わかりました。とにかく行ってきます!」
白石先輩の迫力に背中を押され、一気にグランドめがけてかけだしていく。背中に「頼んだぞ」と念を送られた私は、一心不乱に強風が吹き荒れるグラウンドへ飛び出した。
そのときだった。
――ちょっと、待ってよ!
一瞬で視界が歪んだ私は、為す術もないままバランスを崩して膝をついた。
――なんでこんなときに!
一気に全身の血流が下がっていき、意識が剥がれるように揺らいでいく。急に襲ってきた謎スキルの貧血に、私は全身から力が抜けていった。
――落ち着いて、とにかく落ち着くの!
意識が切れそうな自分に激を飛ばしながら、なんとか力をふりしぼる。とりあえず立ち上がって走るのは無理だから、他の方法を探るしかなかった。
――弱気になるな、私
他になにか方法をと探してみたけど、月明かりがあるとはいえ薄暗いグラウンドでは、佐藤先輩に急を知らせる方法は見当たりそうになかった。
――あ、あれは!
心音が音速を超えそうなくらい加速し、冷や汗と生汗が絶え間なく流れる中、ようやく見つけたのはすらりとした背中の松田先輩だった。
――松田先輩に知らせれば
不意に見えた人影に、最後のムチを自分にふるう。松田先輩なら、スポーツマンだけに佐藤先輩を救うこともできる可能性があった。
――落ち着け、落ち着いて。たった一言名前を呼ぶだけだから
途切れそうになる意識を留めながら、深呼吸を繰り返す。距離は近いとはいえ、この暗さでは声を出さないと気づいてもらえないのは間違いなかった。
――今だ!
近づいてくるタイミングをはかり、私は一気に空気を吸い込んだ。
「松田先輩!」
裏返った私の情けない声が、静寂のグラウンドに響き渡る。ドン引きするくらいかすれた声だったけど、松田先輩の足は止まってくれた。
「君、どうしたの?」
慌ててかけよってきた松田先輩が、心配そうに手を差し出してくる。その肩越しに見えるパネルが、風に揺れて大きくぐらついているように見えた。
「先輩、説明は後です。とにかく佐藤先輩を助けてください!」
状況を説明する余裕はなかった。一刻も早く松田先輩を送り出したい私は、戸惑う松田先輩に要点だけを最後の力で伝えた。
「わかった」
半信半疑の顔だったけど、私の勢いに押されるように松田先輩が走りだした。
――お願い! 間に合って!
全てがスローモーションに変わっていくなか、全力でかける松田先輩が驚く佐藤先輩の手を握ったときだった。
強風に流されるように、やぐらからはずれたパネルが佐藤先輩に襲いかかっていく。けど、間一髪のところで間に合った松田先輩が、抱き寄せるように佐藤先輩を引き寄せたことで、災難に巻き込まれることはなかった。
――よかった……
松田先輩が間に合ったのを確認したところで力が抜けた私は、荒い息をくり返しながらグラウンドに仰向けに倒れこんだ。
