翌日の放課後、いつものように保健室を訪れた。けど、今日会う相手は白石先輩ではなく、佐藤先輩だった。昨日のショックを引きずっているかはわからないけど、白石先輩は一人になりたいこともあり、再び未来に行ってくるとのことだった。
保健室に入ると、佐藤先輩がテキパキと床を掃除していた。都合のいいことに、先生も保健室を利用している人もいなくて話をするにはもってこいだった。
「あれ、新山さんまた調子悪いの?」
「いえ、今日は体の不調じゃなくて佐藤先輩に会いにきたんです」
ホウキを持つ手を止めた佐藤先輩に来訪の意図を伝えると、佐藤先輩はあっさりと私につきあう態度を見せてくれた。
「佐藤先輩、急ですみませんが、白石先輩のことを教えてくれませんか?」
「白石くんのこと?」
「はい、白石先輩は亡くなる直前まで無理してこの保健室に来てました。ですから、佐藤先輩なら白石先輩のことをよく知ってるんじゃないかなって思ったんです」
「それはまた急な話だね。なにかあったの?」
お互いにバイプ椅子に座ったところで用件を切り出すと、佐藤先輩は不思議そうに首を傾けながら白石先輩のことを聞く理由を聞いてきた。
「別になにかあったわけじゃないんですけど」
とりあえず言葉を濁しながら、秋山先輩についた嘘と同じ内容を伝える。佐藤先輩は私のうそに気づくことなく、むしろ白石先輩と遠い親戚というデタラメに驚いていた。
「というわけで、白石先輩が文化祭で誰かと約束していたんじゃないかって考えてるわけです」
「それなら、たぶん私のことだと思うよ」
「え?」
「実はね、私、白石くんと約束してることがあるの」
急に顔を赤くして歯切れが悪くなった佐藤先輩が、硬くなった笑みを浮かべ始めた。どうやら佐藤先輩は顔に出るタイプらしく、佐藤先輩は「大したことじゃないよ」とくり返しながらも、さらに顔を赤く染めていた。
「めっちゃ気になりますので、詳しく聞かせてください」
「え、だから、大したことじゃないって」
「大したことじゃないなら気軽に言えますよね?」
「うぅぅ……」
ようやく見つけた手がかりだけに、私は先輩相手ということも忘れてぐいぐい攻めこんだ。
「白石くんにここで鍛えられたことは、前にも言ったよね?」
私の勢いに観念したのか、佐藤先輩が顔を赤くしたまま肩を落としてようやく口を開き始めた。
「その時にね、白石くんは性格悪いって評判のわりには優しいというか面倒見がいいなって思ったの。でね、なんというか、その、つい調子にのって恋愛の相談までしちゃったんだ」
恥ずかしさを隠すように、両手で顔をふさぐ佐藤先輩。どうやら佐藤先輩には長年想い続けている男子がいて、そのことをつい白石先輩に喋ってしまったらしい。
「ほら、白石くんにしてみれば恋愛なんて当たり前にしてるから、私の気持ちなんて馬鹿にすると思うよね?」
「めっちゃ馬鹿にしそうです」
私が断言すると、指の隙間から覗いていた佐藤先輩が小さく声にして笑った。
「でもね、白石くんは馬鹿にしなかったんだ」
「え? ちょっと意外ですね」
「ほんとそうだよね。でも、白石くんは私の話を真剣に聞いて、しかも相手のことまで調べてくれたんだ。まるで、キューピット役を黙って引き受けてくれた感じだったかな」
「それで、どうなったんですか?」
「さすがに白石くんにそこまでさせたからには、私も覚悟を決めたの。白石くんの後押しもあったし、だから、今度の文化祭で松田くんに告白するって白石くんと約束したんだ」
佐藤先輩によると、文化祭ではパネルがいたずらされないように、三年生で交代して見張りをするという。その見張りの順番が、佐藤先輩の次が松田先輩になっていることから、その交代のタイミングで告白すると決めたらしい。
「そうだったんですね」
言い終えた時には湯気が出るくらい赤くなっていた佐藤先輩に、私は妙な不安と違和感があった。
――約束の内容はわかったんだけど……
白石先輩が引っかかってた約束の内容は、きっと佐藤先輩との約束で間違いないだろう。
――でも、そうなると……
なぜ未来から現世に戻ってきたのかが気になってしまう。白石先輩は、文化祭でなにかを見て現世の保健室に戻ってきた。それはつまり、白石先輩は佐藤先輩になにかを伝えたくて戻ってきた可能性が高いと考えていいはず。
でも、白石先輩が記憶喪失になったことと、佐藤先輩が白石先輩の存在に気づかなかったこともあり、結局はなにかを伝えることはできなかった。
――なんか、嫌な予感がする
白石先輩は、佐藤先輩が告白することを知っている。だから、文化祭を見て回る時に佐藤先輩を見届けようと思ったはず。その結果わざわざ過去に戻ることにしたというのであれば、考えられる可能性は告白がうまくいかなかったになるだろう。
「こんなこと言える立場じゃないけど、新山さんも応援してくれる?」
恥ずかしそうにはにかみながら聞いてくる佐藤先輩に、私は声がふるえるのをおさえて「もちろんですよ」と言い切った。
ようやく見えてきた白石先輩が保健室に留まっている理由。
その理由を前に、私の心は少しも「もちろんです」と言える状況ではなくなっていた。
保健室に入ると、佐藤先輩がテキパキと床を掃除していた。都合のいいことに、先生も保健室を利用している人もいなくて話をするにはもってこいだった。
「あれ、新山さんまた調子悪いの?」
「いえ、今日は体の不調じゃなくて佐藤先輩に会いにきたんです」
ホウキを持つ手を止めた佐藤先輩に来訪の意図を伝えると、佐藤先輩はあっさりと私につきあう態度を見せてくれた。
「佐藤先輩、急ですみませんが、白石先輩のことを教えてくれませんか?」
「白石くんのこと?」
「はい、白石先輩は亡くなる直前まで無理してこの保健室に来てました。ですから、佐藤先輩なら白石先輩のことをよく知ってるんじゃないかなって思ったんです」
「それはまた急な話だね。なにかあったの?」
お互いにバイプ椅子に座ったところで用件を切り出すと、佐藤先輩は不思議そうに首を傾けながら白石先輩のことを聞く理由を聞いてきた。
「別になにかあったわけじゃないんですけど」
とりあえず言葉を濁しながら、秋山先輩についた嘘と同じ内容を伝える。佐藤先輩は私のうそに気づくことなく、むしろ白石先輩と遠い親戚というデタラメに驚いていた。
「というわけで、白石先輩が文化祭で誰かと約束していたんじゃないかって考えてるわけです」
「それなら、たぶん私のことだと思うよ」
「え?」
「実はね、私、白石くんと約束してることがあるの」
急に顔を赤くして歯切れが悪くなった佐藤先輩が、硬くなった笑みを浮かべ始めた。どうやら佐藤先輩は顔に出るタイプらしく、佐藤先輩は「大したことじゃないよ」とくり返しながらも、さらに顔を赤く染めていた。
「めっちゃ気になりますので、詳しく聞かせてください」
「え、だから、大したことじゃないって」
「大したことじゃないなら気軽に言えますよね?」
「うぅぅ……」
ようやく見つけた手がかりだけに、私は先輩相手ということも忘れてぐいぐい攻めこんだ。
「白石くんにここで鍛えられたことは、前にも言ったよね?」
私の勢いに観念したのか、佐藤先輩が顔を赤くしたまま肩を落としてようやく口を開き始めた。
「その時にね、白石くんは性格悪いって評判のわりには優しいというか面倒見がいいなって思ったの。でね、なんというか、その、つい調子にのって恋愛の相談までしちゃったんだ」
恥ずかしさを隠すように、両手で顔をふさぐ佐藤先輩。どうやら佐藤先輩には長年想い続けている男子がいて、そのことをつい白石先輩に喋ってしまったらしい。
「ほら、白石くんにしてみれば恋愛なんて当たり前にしてるから、私の気持ちなんて馬鹿にすると思うよね?」
「めっちゃ馬鹿にしそうです」
私が断言すると、指の隙間から覗いていた佐藤先輩が小さく声にして笑った。
「でもね、白石くんは馬鹿にしなかったんだ」
「え? ちょっと意外ですね」
「ほんとそうだよね。でも、白石くんは私の話を真剣に聞いて、しかも相手のことまで調べてくれたんだ。まるで、キューピット役を黙って引き受けてくれた感じだったかな」
「それで、どうなったんですか?」
「さすがに白石くんにそこまでさせたからには、私も覚悟を決めたの。白石くんの後押しもあったし、だから、今度の文化祭で松田くんに告白するって白石くんと約束したんだ」
佐藤先輩によると、文化祭ではパネルがいたずらされないように、三年生で交代して見張りをするという。その見張りの順番が、佐藤先輩の次が松田先輩になっていることから、その交代のタイミングで告白すると決めたらしい。
「そうだったんですね」
言い終えた時には湯気が出るくらい赤くなっていた佐藤先輩に、私は妙な不安と違和感があった。
――約束の内容はわかったんだけど……
白石先輩が引っかかってた約束の内容は、きっと佐藤先輩との約束で間違いないだろう。
――でも、そうなると……
なぜ未来から現世に戻ってきたのかが気になってしまう。白石先輩は、文化祭でなにかを見て現世の保健室に戻ってきた。それはつまり、白石先輩は佐藤先輩になにかを伝えたくて戻ってきた可能性が高いと考えていいはず。
でも、白石先輩が記憶喪失になったことと、佐藤先輩が白石先輩の存在に気づかなかったこともあり、結局はなにかを伝えることはできなかった。
――なんか、嫌な予感がする
白石先輩は、佐藤先輩が告白することを知っている。だから、文化祭を見て回る時に佐藤先輩を見届けようと思ったはず。その結果わざわざ過去に戻ることにしたというのであれば、考えられる可能性は告白がうまくいかなかったになるだろう。
「こんなこと言える立場じゃないけど、新山さんも応援してくれる?」
恥ずかしそうにはにかみながら聞いてくる佐藤先輩に、私は声がふるえるのをおさえて「もちろんですよ」と言い切った。
ようやく見えてきた白石先輩が保健室に留まっている理由。
その理由を前に、私の心は少しも「もちろんです」と言える状況ではなくなっていた。
