翌日の昼休み、私はちょっと緊張しながら三年生の教室に向かった。目当ては、白石先輩が亡くなる直前までつきあっていた秋山先輩だ。もし白石先輩がなにか約束しているとしたら、秋山先輩がその相手になる可能性が高かった。
「おい、なんて格好しているんだ」
三年生の教室がある三階についたところで、なぜか白石先輩に怒声を浴びせられた。
「格好って、なんか変ですか?」
薄いベージュのトレンチコートをひらひらさせながら聞くと、白石先輩は右手を顔に当てて大きくうなだれだ。
「馬鹿だとは思ったが、よりにもよって筋金入りとはな」
「ちょっと、どういう意味ですか!」
「そのまんまだ。一体なに考えてそんな格好しているんだ」
棘のある白石先輩の言葉に足を止めた私は、怒り半分哀れ半分の目をした白石先輩と向かいあった。
「探偵といったらトレンチコートでしょ? せっかくおじいちゃんから借りてきたのに馬鹿にしないでください」
「あのな、状況考えろよ。今のお前は探偵どころかただの不審者だろうが。ったく、少しは周りを見てみろよ」
呆れたように暴言を浴びせてくる白石先輩に促されて、渋々周りに目をむける。夏が終わったとはいえ、まだ半袖のセーラー服が大半にもかかわらず、厚手のトレンチコートを着た私は嘲笑の的になっていた。
「ちょっと、季節が早すぎましたね」
今さら笑い者になっていることに気づいた私は、ぎこちない動きでコートを脱いだ。その間、白石先輩から「季節は関係ないだろ」と頭を抱えたままツッコミを入れられ続けた。
「と、とにかく、秋山先輩がどの人か教えてください」
不自然に咳払いしながら歩むスピードを上げ、秋山先輩のいる教室に向かう。教室は運良くドアが開いていて、中には三年生たちが小さなグループに分かれて一時を楽しんでいた。
「あいつが瑠華だ」
三年生の重圧に耐えながら探っていると、白石先輩が窓際のグループを指さした。
――うわ、めっちゃ美人じゃない
白石先輩がさらに顎で示したのは、薄く茶色に染めたストレートの長髪に、女子の私でもため息が出そうなくらい小顔の美人だった。
「あのー、ちょっと無理かもです」
「あ?」
「あの人に話しかけるには、勇気レベルが足りてない気がします」
「なにごちゃごちゃ言ってるんだ。さっさと行け」
あきらかにリア充オーラ全開の秋山先輩を前にして、私の気力は秒で力尽きていた。そもそも、女子にもステータスランクがあるから、自他共に中の下を認める雑牛の私には、A5クラスの秋山先輩に話しかける勇気も資格もなかった。
けど、そんな私におかまいなしに急かしてくる白石先輩のせいで、私は渋々秋山先輩に声をかけるはめになった。
「へぇー、楓のことが知りたいんだ」
顔どころか全身が熱くなりながら、しどろもどろでここに来た理由を告げる。とりあえず、理由としては、白石先輩の遺品から文化祭に関するメモが見つかり、その内容を調査していると無理矢理ストーリーを作っていた。
「あなた、楓とどんな関係?」
「私は、白石先輩とは遠い親戚です」
親戚どころか一ミクロンも関係がなかったけど、とりあえず話を盛って怪しまれないように取り繕った。
「まあ、話をしてもいいけど、期待する内容は聞けないかもよ」
「え? でも、秋山先輩は白石先輩の恋人だったんですよね?」
「元ね。それに、楓とは好きでつきあってたわけじゃなかったし、たぶん、楓も同じだと思うよ」
「それって、どういう意味ですか?」
「お互い、メリットがあるからつきあってたってこと。私にしたら、イケメンカルテットの彼女としてチヤホヤされるし、楓にしたら私みたいな美人を彼女にしてるって自慢できるからね」
柔らかな口調だけど、秋山先輩の言葉には納得いかない棘があった。自分で美人というぐらいだから相当自信があるのはわかるけど、それを隠しもしない強気な眼差しには寒気すら感じられた。
――だから、平気でいられるんだ
最初は、秋山さんが白石先輩が亡くなってショックを受けてないか心配だった。けど、教室で談笑する姿からはショックの欠片も見られなかった。
その理由は、秋山先輩にしたら白石先輩は恋人というより、自分のステータスを上げるコマでしかなかったからだった。
「あなたにこんなこと言うのはあれだけど、楓が亡くなってよかったって思ってるの」
「亡くなってよかった?」
突然の言葉に、私は怒りのスイッチが入るのがわかった。けど、なんとか拳を握りしめて耐え続けた。
「だって、楓は性格悪いし、いちいちうるさかったしね」
「でも、それは秋山先輩のことを思って――」
「それがウザかったの。まあ、あいつは顔がよくて気づいてなかったかもしれなかったけど、いちいちあれこれ口にする性格はみんなからウザがられてたんだから」
そう秋山さんが口にしたところで、周りにいた男子も女子も同意するようにうなずいた。
「金持ちでイケメンカルテットだから許されてたけど、そうでなかったら楓は誰からも相手にされてなかったんだから」
トドメの一撃のような言葉に、私は怒りよりも悲しさと虚しさが勝っていった。
確かに、白石先輩は口も性格も悪いけど、でも、本当に嫌かというとそうでもなかった。その理由として、白石先輩は本当に暴言を吐いてるのではなく、本当は相手のことを思って言っているのがわかっているからだった。
でも、その思いも秋山先輩には伝わっていなかった。いや、秋山先輩だけでなく周りも理解していなかった。ただ、性格が悪いというフィルターを通してしか白石先輩を見ていなかったみたいだった。
「帰るぞ」
隣にいた白石先輩が、かすかにふるえた声で撤退を告げてくる。よく見ると、その顔からはいつもの覇気が消えていた。
「なんだ?」
完全に気落ちしている白石先輩を黙って見続けていると、白石先輩が頬をぽりぽりしながら訝しげな眼差しを向けてきた。
「いえ、なんでもありません」
白石先輩の問いかけに、小さく頭をふって弱く答える。本当はフォローやなぐさめの言葉をかけてやりたかったけど、たぶん私の声は届かない気がしたし、白石先輩になにもしてやれないことが腹立だしくて悔しくてしかたがなかった。
「おい、なんて格好しているんだ」
三年生の教室がある三階についたところで、なぜか白石先輩に怒声を浴びせられた。
「格好って、なんか変ですか?」
薄いベージュのトレンチコートをひらひらさせながら聞くと、白石先輩は右手を顔に当てて大きくうなだれだ。
「馬鹿だとは思ったが、よりにもよって筋金入りとはな」
「ちょっと、どういう意味ですか!」
「そのまんまだ。一体なに考えてそんな格好しているんだ」
棘のある白石先輩の言葉に足を止めた私は、怒り半分哀れ半分の目をした白石先輩と向かいあった。
「探偵といったらトレンチコートでしょ? せっかくおじいちゃんから借りてきたのに馬鹿にしないでください」
「あのな、状況考えろよ。今のお前は探偵どころかただの不審者だろうが。ったく、少しは周りを見てみろよ」
呆れたように暴言を浴びせてくる白石先輩に促されて、渋々周りに目をむける。夏が終わったとはいえ、まだ半袖のセーラー服が大半にもかかわらず、厚手のトレンチコートを着た私は嘲笑の的になっていた。
「ちょっと、季節が早すぎましたね」
今さら笑い者になっていることに気づいた私は、ぎこちない動きでコートを脱いだ。その間、白石先輩から「季節は関係ないだろ」と頭を抱えたままツッコミを入れられ続けた。
「と、とにかく、秋山先輩がどの人か教えてください」
不自然に咳払いしながら歩むスピードを上げ、秋山先輩のいる教室に向かう。教室は運良くドアが開いていて、中には三年生たちが小さなグループに分かれて一時を楽しんでいた。
「あいつが瑠華だ」
三年生の重圧に耐えながら探っていると、白石先輩が窓際のグループを指さした。
――うわ、めっちゃ美人じゃない
白石先輩がさらに顎で示したのは、薄く茶色に染めたストレートの長髪に、女子の私でもため息が出そうなくらい小顔の美人だった。
「あのー、ちょっと無理かもです」
「あ?」
「あの人に話しかけるには、勇気レベルが足りてない気がします」
「なにごちゃごちゃ言ってるんだ。さっさと行け」
あきらかにリア充オーラ全開の秋山先輩を前にして、私の気力は秒で力尽きていた。そもそも、女子にもステータスランクがあるから、自他共に中の下を認める雑牛の私には、A5クラスの秋山先輩に話しかける勇気も資格もなかった。
けど、そんな私におかまいなしに急かしてくる白石先輩のせいで、私は渋々秋山先輩に声をかけるはめになった。
「へぇー、楓のことが知りたいんだ」
顔どころか全身が熱くなりながら、しどろもどろでここに来た理由を告げる。とりあえず、理由としては、白石先輩の遺品から文化祭に関するメモが見つかり、その内容を調査していると無理矢理ストーリーを作っていた。
「あなた、楓とどんな関係?」
「私は、白石先輩とは遠い親戚です」
親戚どころか一ミクロンも関係がなかったけど、とりあえず話を盛って怪しまれないように取り繕った。
「まあ、話をしてもいいけど、期待する内容は聞けないかもよ」
「え? でも、秋山先輩は白石先輩の恋人だったんですよね?」
「元ね。それに、楓とは好きでつきあってたわけじゃなかったし、たぶん、楓も同じだと思うよ」
「それって、どういう意味ですか?」
「お互い、メリットがあるからつきあってたってこと。私にしたら、イケメンカルテットの彼女としてチヤホヤされるし、楓にしたら私みたいな美人を彼女にしてるって自慢できるからね」
柔らかな口調だけど、秋山先輩の言葉には納得いかない棘があった。自分で美人というぐらいだから相当自信があるのはわかるけど、それを隠しもしない強気な眼差しには寒気すら感じられた。
――だから、平気でいられるんだ
最初は、秋山さんが白石先輩が亡くなってショックを受けてないか心配だった。けど、教室で談笑する姿からはショックの欠片も見られなかった。
その理由は、秋山先輩にしたら白石先輩は恋人というより、自分のステータスを上げるコマでしかなかったからだった。
「あなたにこんなこと言うのはあれだけど、楓が亡くなってよかったって思ってるの」
「亡くなってよかった?」
突然の言葉に、私は怒りのスイッチが入るのがわかった。けど、なんとか拳を握りしめて耐え続けた。
「だって、楓は性格悪いし、いちいちうるさかったしね」
「でも、それは秋山先輩のことを思って――」
「それがウザかったの。まあ、あいつは顔がよくて気づいてなかったかもしれなかったけど、いちいちあれこれ口にする性格はみんなからウザがられてたんだから」
そう秋山さんが口にしたところで、周りにいた男子も女子も同意するようにうなずいた。
「金持ちでイケメンカルテットだから許されてたけど、そうでなかったら楓は誰からも相手にされてなかったんだから」
トドメの一撃のような言葉に、私は怒りよりも悲しさと虚しさが勝っていった。
確かに、白石先輩は口も性格も悪いけど、でも、本当に嫌かというとそうでもなかった。その理由として、白石先輩は本当に暴言を吐いてるのではなく、本当は相手のことを思って言っているのがわかっているからだった。
でも、その思いも秋山先輩には伝わっていなかった。いや、秋山先輩だけでなく周りも理解していなかった。ただ、性格が悪いというフィルターを通してしか白石先輩を見ていなかったみたいだった。
「帰るぞ」
隣にいた白石先輩が、かすかにふるえた声で撤退を告げてくる。よく見ると、その顔からはいつもの覇気が消えていた。
「なんだ?」
完全に気落ちしている白石先輩を黙って見続けていると、白石先輩が頬をぽりぽりしながら訝しげな眼差しを向けてきた。
「いえ、なんでもありません」
白石先輩の問いかけに、小さく頭をふって弱く答える。本当はフォローやなぐさめの言葉をかけてやりたかったけど、たぶん私の声は届かない気がしたし、白石先輩になにもしてやれないことが腹立だしくて悔しくてしかたがなかった。
