「お前、人のこと散々言ってくれたよな」

 佐藤先輩が消えるタイミングで開いたカーテンの先から、怒り心頭の表情を隠すことなく白石先輩が声をかけてきた。

「あれ? 聞こえてました?」

 殺意さえ感じる眼差しにおされた私は、不自然にとぼけてみた。けど、「馬鹿お前は」と一喝されたことで、私はタオルケットを頭からかぶるはめになった。

「あ、そうだ、そんなことより、白石先輩どうして黙ってたんですか?」

「あ? なんだよ急に」

「亡くなってることですよ。今日、友達に聞いてびっくりしたんですから」

 白石先輩の怒りに亀になって耐えていた私だったけど、重要なことを思い出し、タオルケットから顔を出して問い詰めることにした。

「ああ、そんなことか。大して重要なことじゃないだろ?」

「いや、めっちゃ重要でしょ! おかげで朝から幽霊にとり憑かれたなんて馬鹿にされたんですから」

 なんでもないことのように語る白石先輩に、私は今朝のやり取りを力説した。その間、白石先輩はなにがおかしいのか、私を馬鹿にしたように笑っていた。

「よかったじゃないか、生きた男子とつきあえない代わりに幽霊と仲良くなれたんだから」

「あのですね、ちっともよくありませんけど」

「なんなら、彼氏ができない代わりに俺がつきあってやろうか?」

「全力で結構です。ていうか、彼氏ができないとか決めつけないでください。ていうか、一回生き返って私に謝罪してから死に直してください」

 あきらかにおちょくりにきた白石先輩に頭にきた私は、怒りのまま言葉をぶつけていった。

「色々注文の多い奴だな。けど、お前、やっぱりいい奴だな」

「え?」

「こんな俺にからんでくれるし、楽しませてくれる。最初に会ったときに思ったんだ。お前は絶対いい奴だろうなって」

 急に真顔になった白石先輩が、その透き通るような眼差しを真っ直ぐ私に向けて淡々と語ってきた。

 ――ちょっと、なんか調子狂うんですけど

 性格が悪いとはいえ、相手はイケメンカルテットの白王子だ。黙ったまま見つめられたら、その顔立ちのよさに圧倒されるのは避けられなかった。

「あ、ありがとうございます。こんな忙しい性格だって馬鹿にされる私をほめていただいて」

「あ? 馬鹿、ほめてなんかないぞ。俺が言いたいのは、いい奴だから騙しやすいって思っただけだ。ま、忙しい性格ってのは間違いないな」

「な、ちょっと、どういう意味ですか?」

「俺が頼みたいことはちょっと難しいことだし、幽霊の身だから説明するのが大変なわけ。その点、単細胞な奴なら楽だから、お前に会えてよかったと言ってるんだ」

 憎たらしい含み笑いをもらしながら、白石先輩がズバズバと私を攻撃してくる。一瞬でも白石先輩がいい人かと勘違いした自分に、頭から火柱が立ちそうなくらいに怒りを感じた。

「どうせ私は彼氏もできない単細胞ですよ」

「まあそう腐るなよ。俺の頼みを聞いてくれたら、ちゃんと彼氏作りのサポートしてやるからよ」

「いえ、結構です。それより、頼みってなんですか? 私、一秒でも早く解放されたいんですけど」

「あのな、もうちょっと言い方あるだろ。まあいい、それより頼みってのは、なぜ俺が成仏できずにここにいるのかを調べてほしいんだ」

 頬をぽりぽりしながら、白石先輩が頼み事の内容を口にする。どんな無茶ぶりがくるかと構えていただけに、予想外の内容に拍子抜けしてしまった。

「お前、今馬鹿にしただろ?」

「いえ、馬鹿にはしてませんけど、ちょっとひねりがないかなとは思いました」

「あのな、人が困ってるのにひねりがないとか言うなよ。まあいい、とにかく一刻も早く辛気臭いここから解放されたいんだ」

 目をつり上げた白石先輩だったけど、よほど困っているのか、その声がわずかにトーンダウンした。

「わかりました。そうなると、なぜ白石先輩がここにいるのか原因を調べないといけませんね。なにか思い当たることはないですか?」

「ないな。確かに、学校で過ごした時間は保健室が一番だろうが、ろくな思い出しかない。だから、保健室にわざわざ化けて出る理由がないんだ」

 頬杖をついたままため息をつく白石先輩からは、あまり保健室に対していい感情を抱いているように見えなかった。となると、そんな嫌な場所にわざわざ現れた理由は保健室という以外にありそうだった。

「白石先輩、亡くなってから保健室に来るまでの記憶ってありますか?」

「記憶?」

「ほら、幽霊は強い恨みとか心残りがあると現世に留まるってよく言うじゃないですか。ですから、ここに来るまでになにを考えてたかわかれば、解決の糸口が見つかるかもしれませんよ」

 私のアイデアに眉間にシワを寄せていた白石先輩だったけど、急に目を閉じて黙りこんでしまった。

「文化祭」

「へ?」

「どういうわけかはわからないが、来週行われる文化祭を見て回っていた気がする」

 目を開けた白石先輩が、なにかを思い出すように声をしぼり出していく。一瞬、冗談かと思ったけど、やけに真剣な眼差しからはその気配はなかった。

「ということは、未来を見てきたということですか?」

「かもな。どうやったかは思い出せないが、あのシンボルとも言える巨大なパネルがあったから、文化祭で間違いないのは確かだ」

 一つ一つ確認するように、白石先輩が説明を続けていく。白石先輩がいうパネルとは、この学校の伝統である展示物のことで、巨大なやぐらを組んで作ったパネルに、三年生が各自の思い出を写真として貼ったり、絵に描いたりして作り上げるものだった。

「だとしたら、白石先輩は未来の文化祭でなにかを見て、それでこの保健室に戻ってきて留まったのかもしれませんね」

「けど、なんのためにわざわざこんな辛気臭い場所に戻る必要があるんだ?」

「それはまだわかりませんけど、ひょっとしたら見たことを誰かに伝えたかったのかもしれません。でも、白石先輩に誰も気づかなかったから、ずっとここにいるはめになったと考えられないでしょうか?」

 とりあえず考えられる範囲であれこれ考えてみたけど、一番は文化祭で見たことを誰かに伝えたかったというのがしっくりくる感じがした。

「白石先輩、なにか文化祭でやる予定とかありました?」

「あいにく、もう余命を宣告されてたから文化祭を楽しむつもりはなかった」

「でしたら、余命を宣告される前になにか約束とかしてませんでした? 文化祭でなにかをやるって誰かと約束していたとか」

「約束、か……」

 私の推理を聞いているのか聞いていないのか曖昧だった白石先輩が、一転して私の言葉を何度もくり返し始めた。

「誰かと約束していたかどうかはわからないが、なにかひっかかる気がするな」

 しきりに首をかしげながら、白石先輩は記憶の糸を探っていた。その記憶が蘇れば一気に問題は解決するけど、白石先輩の表情を見る限りは期待できなさそうだった。

「では、こうしましょう。白石先輩は、誰かと文化祭でなにかをする約束をしていたと仮定します。で、それが果たせぬまま亡くなってしまい、心残りから未来に行ってしまった。そこで白石先輩は約束のことを思い出し、なんとかしようと過去に戻ってきたというのはどうでしょうか?」

「ちょっと強引な気もがするが、あながちハズレとも言えない気もするな」

「まあ、あくまでも仮定ですからね。となると、調べるのは誰かと約束した事実があったかどうかと、約束の中身がなんだったかになりますね」

 まだ仮定の段階だけど、これで少しは方向性が見えてきたような気がした。

「へぇー、お前って少しはやるじゃん」

「ま、こう見えてミステリー好きなんですよ。ですから、こうした謎解きになると探偵になった気分になって血が騒ぐんです」

「彼氏いないのに?」

「謎解きに彼氏がいないのは関係ないでしょうが!」

 せっかく気分がのってきた私に水を差すような白石先輩に、特大のツッコミをいれる。本当に一言余計だけど、無邪気な笑顔のおかげで怒りはすぐに引っ込んでいった。

「では、明日から早速調査しますね」

「よろしくな、怪盗ルパン」

「ルパンは調査されるほうでしょ!」

 最後までノリを崩さない白石先輩に、呆れ交じりのツッコミをいれる。

 なんだか調査の行方に早速暗雲が広がったような気がして、再び頭痛が蘇ってきた。