放課後、どうするか散々迷ったあげく、しかたなく私は保健室に向かうことにした。

 ――幽霊とか、ほんと嫌になるよ

 私の人生で、これまで幽霊なんか無関係だった。そもそも私は幽霊の存在を信じていないし、オカルト話も好きじゃなかった。

 それなのに、こうして白石先輩の幽霊に会いに行こうとしているわけだから、人生なにがあるかわからないという言葉は本当だった。

「失礼します」

 ノックして保健室に入ると、保健室の先生は不在だった。代わりに保健室係の佐藤愛夏先輩が出迎えてくれた。

「新山さん、どうしたの? また具合悪くなった?」

 私を見るなり、棚を整理していた佐藤先輩が優しい目を向けてくる。佐藤先輩は私と同じく小柄な人だけど、私と違って長く伸ばした髪をツインテールにしている。その上、ちょっと大きめのメガネをかけていることもあり、教室で静かに本を読んでいそうなタイプの人だ。

 実際、佐藤先輩はおとなしい性格でもあり、前に一度保健室でお世話になったときも、ほとんど会話らしい会話はなかった。

「いえ、具合が悪いってわけじゃないんですけど、ちょっとめまいがしたから休ませてもらおうと思ったんです」

 まさか幽霊に会いにきたと言えず、とりあえず用意した嘘を佐藤先輩に伝えると、佐藤先輩はにっこり笑って手際よくベッドを用意してくれた。

 ――うわ、やっぱいるよ

 隣と仕切られたカーテンに浮かぶシルエット。待ってましたとばかりにあぐらをかいて座るシルエットに、本当に頭が痛くなってきた。

「あ、佐藤先輩ありがとうございます。それにしても、佐藤先輩って手際いいんですね」

 ベッドに横になった私にタオルケットをかけてくれた佐藤先輩にお礼を伝えると、佐藤先輩はなにかを思い出すような顔をして笑みを浮かべた。

「ありがとう。でもね、私、本当はドジばかりするんだけどね」

「え? そうなんですか?」

「本当だよ。なにをするにもトロくてドジばかりの私だったけど、保健室係だけは白石くんに鍛えられたから上手くできてるだけなの」

「白石って、まさか白王子ですか?」

「そう。白石くん、体が弱くてよく保健室にいたから、そのときに鍛えられたってわけ」

「そうなんですね。ていうか、大変だったでしょう?」

 そう問いかけた私に、佐藤先輩は屈託のない笑みを浮かべた。それだけで、佐藤先輩が白石先輩を悪く思ってないのが伝わってきた。

「確かに白石くんは性格悪いって評判だったけど、私はそうは思わなかったかな。きつい口調で怒られることもあったけど、それも全部私を思っての白石くんの優しさだったからね」

 再び手際よく棚の整理を始めた佐藤先輩が、保健室でのことを語りだした。保健室の先生はがさつな人だからいつも散らかり放題だったけど、白石先輩の指導のもと佐藤先輩が頑張ったおかげで、保健室の廃墟化は止まったという。

「それにね、白石くんの笑顔は憎めないところもあって、嫌いにはなれなかったかな」

「あ、それわかります。俺様オーラ全開のくせに、笑うと子供みたいにかわいい部分もあるんですよね」

 私がそう返すと、佐藤先輩は小さく声をだして笑った。なんだか佐藤先輩と秘密を共有したみたいで嬉しかったけど、隣のカーテンの奥からはただならぬ気配と異様な寒気が押し寄せてきた。

「そんなこと言うなんて、ひょっとして、佐藤先輩は白石先輩のことが好きだったとかじゃないですか?」

 なんだか楽しそうに白石先輩のことを語るのが気になった私は、ためしにカマをかけてみた。

「え? それはないかな」

「どうしてですか?」

「だって、私と白石くんは住む世界が違うし、白石くんには秋山さんという彼女がいたから、私なんか相手にもされてなかったと思うよ」

 ちょっとだけ顔を赤くした佐藤先輩が、あっさりと私の問いかけを否定した。たしかに、見た目だけでいえば、佐藤先輩と白石先輩は両極端なほど不釣り合いに見えた。

「あ、いけない、今日は文化祭の準備の手伝いがあったんだ」

 なおも女子会ムードで盛り上がろうと思ったけど、佐藤先輩は用があるみたいで強制終了となった。

「しばらくしたら先生も戻ってくると思うから、ゆっくり休んでいってね」

 テキパキと片付けを終えた佐藤先輩が、最後まで私を気づかいながら保健室を出ていった。

 ――佐藤先輩、いい人だなぁ

 佐藤先輩の優しさに胸がじんわりしてきたけど、底冷えするような冷気がカーテン越しに再び襲ってきたことで、私は一気に現実に戻されることになった。