うっすらと開けた視界の先にある白い天井を見て、私はため息をつきながらベッドを叩いた。
「あーあ、またやっちゃったよ」
独特の匂いと静かな空気から、保健室にいることはすぐにわかった。となると、その理由は貧血で倒れた以外になく、私は壮大なひとり言をこぼした。
今日までの十七年間、私は肝心な時に貧血で倒れるという、全く嬉しくない謎スキルに悩まされてきた。たとえば、人の前に立つ緊張で貧血になるくらいならかわいいものだ。けど、今日みたいにとなりのクラスの男子とせっかく仲良くなるチャンスを森川恵美が作ってくれたのに、貧血で全てぶち壊しになるのは勘弁してほしかった。
「で、なにをやらかしたんだ?」
「それは、となりのクラスの男子と仲良くなるって、え? ちょ、マジ?」
いきなり聞こえてきた声につられて受け答えしかけたところで、誰もいないと思っていたカーテンの先に誰かがいるのがわかった。
――だ、誰?
ここの保健室には、カーテンで仕切ってベッドが二つあるのはわかっている。私が親友の恵美に緊急搬送された時には、誰もいなかったはずだった。
「寝言で、素敵な彼氏が欲しいってくり返していたが、どんだけ飢えてんだよお前は」
含み笑いを交えながら私をイジってくるその言葉に、瞬間的に顔が熱くなっていく。今鏡を見たら、中学生みたいと揶揄される情けない童顔は真っ赤になってるだろう。
「ちょ、あんた、どういうつもり――」
あからさまな挑発になにも考えずにのった私は、息を荒くしてカーテンを開けた。と同時に、あらわになった声の主を見て、一気に心臓が跳ね上がるのを感じた。
――え? ひょっとして、イケメンカルテットの白王子?
私の通う高校には、イケメンカルテットと呼ばれる大人気の男子が四人いる。中でも、白王子と呼ばれる白石楓先輩は、三年連続イケメンカルテットに選ばれている人で、そんな人がなぜか私の前に現れていた。
「どうした? 急に固まって」
ベッドであぐらをかいて座る白石先輩が、頬杖をついたまま訝しげに語りかけてくる。さらさらの髪は長髪なのに全く暑苦しさがなく、完璧な顔立ちと相まって爽やかさにあふれていた。すらりとした体躯は座っていても長身だとわかるし、軽くラフに着崩した開襟シャツの奥に見えるシルバーのネックレスからも、一般人お断りのオーラが漂っていた。
「あ、いえ、その――」
急に現れたハイクラスの先輩に、私の鼓動がピッチを上げていく。良いところもないけど悪いところもないのが取り柄としか言われない私は、白石先輩相手にどうふるまっていいかわからなくなっていた。
「ほ、本日はお日柄もよく――」
「は? なに言ってんだよお前は。馬鹿かよ」
混乱して意味不明なことを口にした私に、白石先輩が容赦なく罵倒してくる。その遠慮のかけらもない態度にムッときた私は、浮かれた気持ちが急速に冷めていった。
「お前名前は? てか、何年? まさか中学生で潜り込んできたとか言うなよ」
気分を悪くしていることにもおかまいなしに、白石先輩はずかずかと人が気にしていることに踏みこんできた。
「名前は新山真莉です。ちゃんとした高校ニ年生です」
鼻息を荒くしながら、明らかに上から目線で笑っている白石先輩を睨みつけながら答える。王子というぐらいだから優しい人かと想像していたけど、実際は王子というより暴君だった。
「ちゃんとした?」
「馬鹿にしてます?」
「ああ、してるよ。ま、いいや。それより、さっきから呪文みたいに彼氏が欲しいと言ってたようだが」
「ああー! それはなし。なしです。はい」
いきなり話題を蒸し返された私は、慌てて白石先輩を止めに入った。でも、それがよくなかったのか、白石先輩は不気味な笑みを口もとに浮かべ始めた。
「そんなにがっつくと、できる彼氏もできなくなるぞ」
「ご忠告ありがとうございます。私は白石先輩みたいにモテませんから、人一倍努力しないと彼氏ができるなんて夢のまた夢ですから」
「そうか、大変だな。まあ俺には女がいなかったときはなかったから、お前の苦労はわからないけどな」
そう笑いながら口にする白石先輩に、再び怒りが加速していく。イケメンというのは認めるけど、性格の悪さは想像以上だった。
――でも
腹を抱えて笑う白石先輩の笑顔には、どこか憎めない無邪気さがあった。そのおかげで、怒りはわいてくるけど完全には頭にこないむず痒さもあった。
「そうだ、俺から一つ提案がある」
「提案、ですか?」
「ここで会ったのもなにかの縁だ。俺がお前の彼氏作りをサポートしてやるから、ちょっとつきあえよ」
「つきあうって、私――」
「馬鹿、なに勘違いしてんだ。ちょっとやってもらいたいことがあるって意味だ」
完全に呆れた顔でため息をつく白石先輩に、私は恥ずかしくなって顔が燃えてるんじゃないかってぐらい熱さを感じた。
「やって欲しいことってなんですか?」
「それは、今度教えてやる」
「もし、断ったらどうなります?」
「学校中に、彼氏が欲しいと寝言で叫んでいたとばらしてやる」
頭にくる爽やかな笑みで、白石先輩がさりげなく脅してくる。白石先輩のこの性格なら、考えるまでもなく実行するのはあきらかだった。
「よし、契約成立だな。明日の放課後、忘れんなよ」
黙って答えない私に、白石先輩は一方的に告げるだけ告げてカーテンを閉じた。
――なんなの、ほんと、マジ最悪なんだけど
怒りで握り拳をふるわせながら、シルエットになってしまった白石先輩をにらみつける。
よりにもよって、イケメンカルテットの中でも最低な人につかまったことにため息しか出なかった。
「あーあ、またやっちゃったよ」
独特の匂いと静かな空気から、保健室にいることはすぐにわかった。となると、その理由は貧血で倒れた以外になく、私は壮大なひとり言をこぼした。
今日までの十七年間、私は肝心な時に貧血で倒れるという、全く嬉しくない謎スキルに悩まされてきた。たとえば、人の前に立つ緊張で貧血になるくらいならかわいいものだ。けど、今日みたいにとなりのクラスの男子とせっかく仲良くなるチャンスを森川恵美が作ってくれたのに、貧血で全てぶち壊しになるのは勘弁してほしかった。
「で、なにをやらかしたんだ?」
「それは、となりのクラスの男子と仲良くなるって、え? ちょ、マジ?」
いきなり聞こえてきた声につられて受け答えしかけたところで、誰もいないと思っていたカーテンの先に誰かがいるのがわかった。
――だ、誰?
ここの保健室には、カーテンで仕切ってベッドが二つあるのはわかっている。私が親友の恵美に緊急搬送された時には、誰もいなかったはずだった。
「寝言で、素敵な彼氏が欲しいってくり返していたが、どんだけ飢えてんだよお前は」
含み笑いを交えながら私をイジってくるその言葉に、瞬間的に顔が熱くなっていく。今鏡を見たら、中学生みたいと揶揄される情けない童顔は真っ赤になってるだろう。
「ちょ、あんた、どういうつもり――」
あからさまな挑発になにも考えずにのった私は、息を荒くしてカーテンを開けた。と同時に、あらわになった声の主を見て、一気に心臓が跳ね上がるのを感じた。
――え? ひょっとして、イケメンカルテットの白王子?
私の通う高校には、イケメンカルテットと呼ばれる大人気の男子が四人いる。中でも、白王子と呼ばれる白石楓先輩は、三年連続イケメンカルテットに選ばれている人で、そんな人がなぜか私の前に現れていた。
「どうした? 急に固まって」
ベッドであぐらをかいて座る白石先輩が、頬杖をついたまま訝しげに語りかけてくる。さらさらの髪は長髪なのに全く暑苦しさがなく、完璧な顔立ちと相まって爽やかさにあふれていた。すらりとした体躯は座っていても長身だとわかるし、軽くラフに着崩した開襟シャツの奥に見えるシルバーのネックレスからも、一般人お断りのオーラが漂っていた。
「あ、いえ、その――」
急に現れたハイクラスの先輩に、私の鼓動がピッチを上げていく。良いところもないけど悪いところもないのが取り柄としか言われない私は、白石先輩相手にどうふるまっていいかわからなくなっていた。
「ほ、本日はお日柄もよく――」
「は? なに言ってんだよお前は。馬鹿かよ」
混乱して意味不明なことを口にした私に、白石先輩が容赦なく罵倒してくる。その遠慮のかけらもない態度にムッときた私は、浮かれた気持ちが急速に冷めていった。
「お前名前は? てか、何年? まさか中学生で潜り込んできたとか言うなよ」
気分を悪くしていることにもおかまいなしに、白石先輩はずかずかと人が気にしていることに踏みこんできた。
「名前は新山真莉です。ちゃんとした高校ニ年生です」
鼻息を荒くしながら、明らかに上から目線で笑っている白石先輩を睨みつけながら答える。王子というぐらいだから優しい人かと想像していたけど、実際は王子というより暴君だった。
「ちゃんとした?」
「馬鹿にしてます?」
「ああ、してるよ。ま、いいや。それより、さっきから呪文みたいに彼氏が欲しいと言ってたようだが」
「ああー! それはなし。なしです。はい」
いきなり話題を蒸し返された私は、慌てて白石先輩を止めに入った。でも、それがよくなかったのか、白石先輩は不気味な笑みを口もとに浮かべ始めた。
「そんなにがっつくと、できる彼氏もできなくなるぞ」
「ご忠告ありがとうございます。私は白石先輩みたいにモテませんから、人一倍努力しないと彼氏ができるなんて夢のまた夢ですから」
「そうか、大変だな。まあ俺には女がいなかったときはなかったから、お前の苦労はわからないけどな」
そう笑いながら口にする白石先輩に、再び怒りが加速していく。イケメンというのは認めるけど、性格の悪さは想像以上だった。
――でも
腹を抱えて笑う白石先輩の笑顔には、どこか憎めない無邪気さがあった。そのおかげで、怒りはわいてくるけど完全には頭にこないむず痒さもあった。
「そうだ、俺から一つ提案がある」
「提案、ですか?」
「ここで会ったのもなにかの縁だ。俺がお前の彼氏作りをサポートしてやるから、ちょっとつきあえよ」
「つきあうって、私――」
「馬鹿、なに勘違いしてんだ。ちょっとやってもらいたいことがあるって意味だ」
完全に呆れた顔でため息をつく白石先輩に、私は恥ずかしくなって顔が燃えてるんじゃないかってぐらい熱さを感じた。
「やって欲しいことってなんですか?」
「それは、今度教えてやる」
「もし、断ったらどうなります?」
「学校中に、彼氏が欲しいと寝言で叫んでいたとばらしてやる」
頭にくる爽やかな笑みで、白石先輩がさりげなく脅してくる。白石先輩のこの性格なら、考えるまでもなく実行するのはあきらかだった。
「よし、契約成立だな。明日の放課後、忘れんなよ」
黙って答えない私に、白石先輩は一方的に告げるだけ告げてカーテンを閉じた。
――なんなの、ほんと、マジ最悪なんだけど
怒りで握り拳をふるわせながら、シルエットになってしまった白石先輩をにらみつける。
よりにもよって、イケメンカルテットの中でも最低な人につかまったことにため息しか出なかった。