「……前に、聞いたよね。アイドルとしての佑が好きなのか、人間として好きなのかって。あれね、あのときはうまく答えられなかったけど、いまなら答えられる」
この2ヶ月間の間。たった2ヶ月のほんの短い期間だったけれど、わたしは佑についてたくさん知った。
「やっぱり、どっちも好きだよ」
普通の大学生として生きていく佑も、やっぱりアイドルとして輝いていたときの佑も。
どの佑も佑で、わたしは好きなんだ。
「佑は、この生活、どうだった?」
「どうって、そりゃあ」
「……わたしにはすこし、苦しそうに見えた」
気のせいならいい。時折見せる切なそうな表情が、わたしの見間違いと思い込みならいい。
ちがうよ、俺は楽しんでたんだと、胸を張って思っているならそれでいい。この選択に後悔はないと言い切れるなら、それでいい。
でも、公園でMerakを見たときにつぶやいた言葉が、頭から離れない。
『なんで、あそこに俺はいないんだろう』
「わたしは、佑の苦しみはわからない。わかろうとしたってできないと思う。花火大会の話を聞いたあとですら、まだわたしは、佑がアイドルをしているのを見たいと思ってしまうの」
この言葉はきっと負担になる。それでも、言うしかなかった。これを直接佑に伝えれらるファンは、わたししかいないから。
波の音が聞こえる。遠くからは、車のタイヤがアスファルトをこする音が聞こえてくる。
「楽しかった。楽しかったよ。……でも」
佑の方を向く。ウェーブのかかった柔らかそうな髪の毛が、潮風に揺れて踊っている。
「……やっぱり俺、無理だ」
それは、どっちの意味なんだろう。
佑の目は、暗闇の海をじっと見ていた。
「今まで一緒にやってきたメンバーが、誰も俺のことを覚えていないことが辛い。ショックだった。もしかしたらなんて思ったけれど、そんなことはなかった。……なんで俺だけ、こっち側にいるのかって思ったよ」
言葉の端々から滲み出る感情は、怒りなのか、哀しみなのか、はたまた後悔なのか。佑は前髪を乱暴にかき上げると、膝を抱えた。
「透明人間になんて、どれだけ願ってもなれやしないね。本当は俺も、あそこにいたいって思ってしまうんだから」
「……うん」
ステージの上の佑はいつも輝いていた。
舞台やドラマ、たくさん仕事をしてきたけれど、やっぱり佑がキラキラ輝くのはコンサートのステージの上だった。
そこに至るまでにたくさんの苦労も苦しみも痛みも抱えてきたのだろう。それに嫌になって、透明人間になる道を選んだ。
でも佑がいるべき場所は、ここじゃない。
たった1人の意味のわからない女の気持ち悪い提案にのって、わたしの隣に座ることが佑のやるべきことじゃない。
佑がいるべき場所は、Merakだ。5人組の中の末っ子で、Vの字の一番後ろで、シンメは凛斗。
それが、佑の居場所だ。
ーーでも。
「わたしは、佑が決めたのを応援する」
わたしは、どっちの佑も好きだ。
松永佑も、ごく普通の透明人間の、ただの大学生の松永佑も。
どっちも好きだと、心の底から言える。そう胸を張って言える。
だからどっちでもいい。
どっちの選択をしてもいい。
「どちらを選ぶにしても、わたしは佑の味方だから」