海に着いたときには、太陽はすっかり沈んでいた。途中ホームセンターで必要なものを買い揃えて、急遽始める小さな花火大会。
「よーし」
ろうそくに火をつけて、花火の先端を近づけると着火して、火が出てきた。色んな色の火薬が飛び出して、辺りに煙が広がる。
「わっ! きれい!」
「おおー」
夕闇の中に、花火のカラフルな光はよく映えた。風に運ばれてくる火薬の匂いが鼻につくけれど、それもなんだか懐かしい。
「佑もやりなよ」
「俺線香花火がいいな」
「あ、これじゃない?」
「じゃあ巴音も。勝負しよう」
せーの、と一緒のタイミングでろうそくに火をつける。ほとんど同時についた火を、ふたりで眺める。
線香花火って、こんなに綺麗なものだったっけ。
小さな頃は何も考えずにやっていたけれど、大人になったいま、夏って自分達が思っているよりも綺麗なものでたくさん溢れていることを知った。
暑いばかりで宿題も多くて、夏はあまり得意ではなかった。けれど、年齢を重ねれば重ねるほど、綺麗なものがたくさんある夏を好きになっていく。
花火は少しずつ短くなる。やがてわたしの線香花火が、ぷつんと糸を切ったように消えた。
「あーあ、負けちゃった」
「やった、俺の勝ちー」
隣でしゃがむ佑の顔を見る。にこにこと楽しそうに笑っていて、さっきあったことなんて嘘のようだった。
楽しいなら、まあいっか。
そう思って、花火を続けた。
色んな花火が詰まったパックは、ものの30分くらいで全てなくなった。佑がする最後の1本を眺めながら、今日の1日を思い出す。
はじめて見た佑の運転姿。
車内で聴いたMerakの最新シングルの中に、佑がいなくなっていたこと。
綺麗で生命力があふれるひまわりのこと。
そして、Merakのメンバーのことを見つめていた佑の姿。
佑の隣は、居心地が良い。
お互いにほとんど内面について触れることはないし、知ろうともしない距離感のせいかもしれない。今までずっと大好きな人だったからかもしれない。
でも、本当にこのままでいいの?
佑は本当に、今のままでいいと思っているのかな。
やがてMerakだった時のことを忘れて、自分がアイドルだったことが遠い過去になって。そのときのことを知る人がいなくなって。でも反対に、どんどんMerakは大きくなって。
それでも佑は、本当に後悔しないだろうか。
脱退じゃなくて、忘れられていくことを。今まで一緒に夢を追ってきたメンバーが誰一人自分のことを知らない。それでいいのだろうか。
メンバーのことを傷つかないように守ったとしても、自分は傷だらけでいいのかな。
「終わっちゃった」
佑の声に、我にかえる。
見ると、手元の花火は燃え尽きていた。
「……そうだね」
「なんか、夏が終わったみたい」
ゴミをそばに置いておいて、わたしたちは座って海を眺めた。ざわざわと波の音がする。真っ暗闇の海をじっと見つめていると、呑まれそうになって少し怖い。
潮の匂いに混ざって佑の匂いがする。
佑はいま、ここにいる。
匂いもわからないくらい遠くじゃなくて、すぐそこに。
「……ねぇ」
ーーひと区切りつけるべきかもしれない。
わたしたちの関係を終わらせるなら、このタイミングが良い。
「ん?」
息を吸った。そうでもしないと、声が震えそうだった。