真衣がパソコンに向かって作業を始めたのを見て、わたしは遠くに目を遣った。わたしのバイト先と同じチェーン店でも、新しくオープンしたこのお店はどこか小綺麗に見えた。
 
 お店のBGMに混じって、おしゃべりの声が聞こえてくる。学校帰りらしい女子高校生が友達と写真を撮りながら、期間限定のフラペチーノを飲んでいるのが視界に入る。懐かしい光景だった。
 
 大学生になったいま、フラペチーノよりも普通のドリンクばかり飲んでいる。カップを持ち上げてソイラテを飲もうとしたとき、ふとカウンターの上のメニュー表に目を遣った。
 
 ブラックボードに描いてある絵が、とても上手だった。
 うちの店舗は立石さんが描いているけれど、ここのお店の人も絵が上手いんだな、と見ていると、レジの中の店員さんがこちらをじっと見ていた。
 
 なんでそんなに見てくるんだろ。気まずくなって目を逸らそうとしたとき、その店員さんはどこか見覚えがある気がした。

「……あ」
「ん? どしたの?」
「佑だ」
「……あ、ほんとだ」

 目が合った。どうやら佑は、ずっとわたしのことを見ていたようだった。わたしたち向かってにこりと笑うと、次のお客さんを呼んだ。
 
「ほんっとにかっこいいよね、佑さん」
「……うん、めちゃくちゃかっこいい」
 
 かっこいいに決まってる。だって、佑だもん。
 わたしは佑のかっこよさもちょっとダサいとこも、ぜんぶみんなに見てほしい。そうやって活躍してきて、努力してきたものがいまの佑にある。そんな気がするから。
 
「ほんとね、かっこいいの」
「おい惚気んな」
「帽子被ってても室内に入ったら絶対脱ぐし、ひとつひとつの些細な言葉遣いだって丁寧だし。でもああ見えて、ちょっと天然というかぽやっとしてるとこもあって、ほんとにめっちゃ良いの」
 
 佑を語るのは止まらなかった。いままでだれにも話せなかったことを、久しぶりに聴いてもらえるのが嬉しい。それがアイドルとしての佑じゃなくても、みんなに佑の良いところを広めたい。

「それでね、優しくて思いやりもあって」
「あー……ねぇ、ちょっと巴音」
「なにより顔もいいの。常にビジュは最高だし、笑顔が素敵でかわいくって!」
「巴音ってば」
「やっぱり佑、大好き……」
 
 本当に、推せる。
 噛み締めながら、わたしはパソコンに突っ伏した。
 たとえこの世界で誰も佑のことを知らなくたって、1人の男の松永佑の良さは関わった人みんなに伝わる。アイドルとしての格好良さは伝わらなくても、もうそれだけで充分だ。
 
 そう、思っていたときだった。
 
「……それはどうも、ありがとう」
「ーーえ?」
 
 聞き慣れた声だった。もう何度も聞いてきた声。
 突っ伏したパソコンからゆっくりと顔をあげて、そこにいた人影に、わたしは息が止まったような錯覚に陥る。
 
「……マジ?」
「マジ」
 
 目の前に座る真衣に確認した。真衣は真顔で大きく頷く。
 
「も……ねぇ、早く言ってよ!」
「言ったよ何回も!」

 わたしたちが座っているテーブルのすぐそばに、佑がいた。顔を赤くした佑は、黒いトレーを持って立ちすくんでいる。

 あ……ありえない。
 いまの、聞かれた!?
 うそでしょなんで!
 
「これ、差し入れ。……じゃあ、課題がんばって」
  
 それだけ言うと、ケーキが載ったトレーをテーブルに置いてそそくさと戻って行ってしまった。心なしかいつもより声が低かったように思える。
 
「ああ、待って……」
 
 背中に手を伸ばして言い訳を言おうとしたけれど、髪の毛から覗く耳の先端が赤く染まっているのを見て、手を引っ込めた。
 こんなの、周りからどう見てもただの惚気のバカップルだ。

「……最っ悪」
 
 わたしはまた、違う意味で突っ伏した。すぐそばにあるレアチーズの甘く酸味のある匂いが、鼻腔をくすぐる。
 
「自業自得」
 
 真衣はそう言うと、薄いピンク色の桃のソースがかかったレアチーズを、早速一口食べた。