……わたしは、佑のどこを好きになったんだっけ。パソコンの一向に増えない白紙のフォーマットを見つめながら、考える。
 明確にどこが好きなのか言えない。なにがきっかけだったのかもわからない。
 気がついたら、好きになっていたんだ。
 
「てか、巴音は結局誰推し?」
 
 真衣にこんなことを聞かれる日が来るなんて。信じられない気持ちと、とうとう来たかという思いが同時に湧き上がる。
 
「えーっとね」と、少し苦笑しながら、パソコンから顔を上げたその瞬間だった。
 
 ーー佑がいた。
 ばっちりと、目が合っていた。
 
「……佑」
「はじめてだね、学校で会うの」

 佑は少し照れたように笑っていた。
 
 やっぱりもうなにも被っていなかった。大学だから当たり前かもしれないけれど、黒いバケハもメガネもなく、白いロゴTシャツに黒いパンツとシンプルな格好をしていた。それでもガチャベルトが差し色の黄色になっていておしゃれに見えた。
 
 シンプルな格好でもアイドルなだけあって、スタイルと顔がいいから一際輝いて見える。
 
「あ。あのさ巴音、俺ーー」
「ねぇ誰その人!」
 
 佑が何か言おうとしていたのを、真衣がガッツリ遮った。
 ……そうだった。いくらいまはMerakじゃなかったとしても、この人は普通の人にはなかなか見ないくらいのイケメンなんだった。
 
「ちょっと真衣、うるさい……」
「えっ、ちょっ、彼氏? めっちゃくちゃイケメンじゃん! いつの間に!?」
 
 そりゃイケメンに決まってる。翔平と同じMerakだし、なんなら春のツアーもいましたよ、わたしに確定ファンサくれたもん。ーーなんて、口が裂けても言えるわけがない。
 
「……うん、彼氏」
 
 その一言を言うのが、とてつもなく恥ずかしかった。
 言って良かったんだよね、と佑に目で確認すると、佑は小さくうなずいた。
 
「3年の松永佑です。巴音のお友だち?」
「そうです! 桂木真衣です! よろしくお願いしますー!」
 
 佑はあの王子様のようなにっこり笑顔でそう言った。そんな笑顔を向けられたら、好きにならない人なんていない。
 
「よろしくね。じゃあごめん、邪魔しても悪いから、俺もう行くね」
「あ、うん。またね」
 
 手をひらひら振ると、佑は踵を返して行ってしまった。その後ろ姿は、いつしかのように消えてしまいそうな感じはもうしなかった。
 やっぱり佑は、いまの生活の方がいいのだろう。何者でもない、ただの透明人間。
 
「はぁ……ねぇ、なんで教えてくれなかったのよ」
「ほんとごめん、言うタイミング逃してて」
「だから最近Merakに冷めてた?」
「ちがう! ……全然、冷めてない」
 
 冷めるわけない。
 だいたい佑だってMerakのひとりだ。脱退して引退して、みんなの記憶からいなくなったけれど、わたしはずっとそう思っている。本人はそんなことを望んではいないだろうけど。
 
 それでも、わたしは佑がアイドルだったときのことを忘れたくない。あの人だって、翔平と同じようにキラキラの衣装を着て歌って踊っていたんだ。
 
「にしてもさ、めっちゃかっこよくない? スタイルいいし、どこで捕まえたのよ」
「うーん……バイト先?」

 あながち間違ってはいない。たしかに出会ったのはバイト先のカフェだ。……色々あったけれど。つい最近のことなのに、話の内容が濃すぎてもう随分と前のような気がしてくる。
 
「へぇー、さすがカフェバイトはちがうね。いいなぁ」

 でも本当は、ホンモノのカップルではない。ただお互いの利害が一致したからであって、そこに気持ちはない。佑なんて、わたしには1ミリも想いなんてないだろう。
 そのとき、チャイムが鳴った。
 
「課題終わんなかったぁ」
「あーあ、バイト終わってやるかぁ」
 
 そう言いながら、はたと思い出す。そういえば佑はさっきわたしになにかを言いかけていた。
 なにを言おうとしていたんだろう。
 スマホを開く。一番上にあるトークルームは佑のものだ。連絡先も知っているし、聞いてみる? でも、そんなに大したことないことかもしれない。そう思うと、聞けなかった。