授業合間の空きコマ、わたしたちは学内のコンビニでカフェラテを買って、オープンスペースで課題を片付けることにした。
 座りながら、キャンパスをぐるりと見渡す。市内有数の大学で、施設の綺麗さからオープンキャンパスには毎年大勢の高校生たちが集まる。
 
 ……ここで佑も過ごしていたんだな。
 
 入学して2年。ほとんど毎日通っていたけれど、彼の姿を見たことは一度もなかったし、真衣からも話が出たことがないから、言う通りほとんど来ていなかったのだろう。というより、来ることができなかった、という言い方の方が正しいか。
 
 デビューして、今までの露出が嘘のように事務所におされて色んな番組に出て、メンバーが出ていない番組なんて見ないくらいに、一気に有名になってしまった。スケジュールは常にパンパンで、入学したもののなかなか通学はできなかったのかもしれない。
 
「まじで昨日の動画、翔平のビジュがエグすぎてさ、やばかった」
「へー、そりゃ大変」
 
 真衣が言うのは、週に一度、必ず更新されるファンクラブ動画だ。バラエティ系の企画に挑戦したり、メンバーのお誕生日をお祝いしたり、ドライブしに行ったり。佑がいたときは公開される時間に合わせて絶対見ていたけれど、今となっては全然見ていない。
 
 Merakのこと箱推しかも、と思っていたけれど、そんなことはなかったらしい。わたしは佑がいないと、Merakにも興味が湧かない。
 わたしの世界は、佑を中心に回っていた。
 今更気がつく。
 
「はぁ、早く会いたいなぁ」
「今年は春にツアーあったからもうなさそうだね」
「ぽいよね。てことは来年かー、長いなぁ」
 
 いいなぁ、真衣は。楽しそうにMerak関連のSNSを見ている姿を見て、羨ましくなる。真衣はアイドルとして活動している翔平に、会おうと思えば会える。自分が不幸ぶるつもりはない。訳ありだけど、わたしは佑の彼女になったわけだし。

 それでも、羨ましいのは羨ましい。
 もうわたしがいくら願っても見ることができない、アイドルが見られるんだから。

 今月末に締切が迫る期末レポートをやろうとパソコンを広げてはいるものの、おしゃべりばかりで全然進んでいない。とりあえず学籍番号と名前だけ打ち込んでおこう、とキーボードを叩く。

「ほんと早く会いたいなぁ」
「だね」

 話を合わせるために、相槌を打つ。でもわたしは、佑がいないMerakなんて見たくない。新しい推しメンでも作れば少しは楽になるのかな。
 
 木林翔平、沖和哉(おき かずや)、新堂凛斗、土井晴太(どい はるた)。
 俳優としても活動する和哉と、モデルのようなスタイルを持つ晴太。なんでもバランス良くこなすセンターの翔平、面倒見の良いキャラでダンスの上手い凛斗。そして、歌がうまくて舞台にも出るような、アイドルとして欠点の見当たらない佑。

 その5人でMerakだった。
 Merakとはセルビア語で、日常の小さな喜びから幸せを感じること。彼らはいつも、毎日喜びを届けられる存在になり、幸せになってもらいたいと言っていた。

 佑がいないからと、Merakのことを嫌いになったわけでも冷めたわけでもない。それでもやっぱり、あの4人を見ていると佑のことを思い出して辛い。

 佑と特に仲が良かったメンバーは、凛斗だった。フォーメーションでもよくシンメになっていたから、”りんたす”と呼ばれてよく一緒に雑誌の取材を受けていた。
 だから、凛斗を推そうか。万が一、だれかにMerakで誰推しなのか聞かれたときに答えるために。