横浜山手の宝石魔術師




その後、冬子が薔薇の柄が描かれたお洒落なトレイに、紅茶やプリン、焼き菓子まで用意してくれ、なんとも素敵なお茶会が始まった。

素敵な洋館、目の前の女神のように優しくて美しい人が笑みを浮かべ紅茶をつぎ足してくれれば、ふわりと優しげな香りが立ち上がる。

きっと世の男性達はお金を積んでてもいいからこの空間を味わいたいのでは無いだろうか、いや、女性でもある程度払って味わいたいと言う人も居るだろう。

もの凄く儲かりそうだなぁ。

そんなことを思ってしまった自分はなんて小さい人間なのかと、朱音は笑顔を浮かべながら心の中で懺悔していた。

そして、冬子との会話は驚くほど心地よかった。

見合いでは相手の男を不機嫌にさせないため聞いている側に徹していたし、仕事でも何でも自分を前に出すよりもあくまで相手がメインだ。

だが冬子との会話はまるでずっとエスコートされているかのように、自分の歩幅に合わせ、心遣いを感じさせるその会話は朱音の気持ちを軽くさた。

彼女と話したいが為に占いをお願いしたり、カウンセリングをうける人がいて、多くの人が救われてるのでは無いだろうか。

彼女の美しさで人が来るのだと単純に思ってしまったけれどそうじゃない。

彼女自身にあるとても温かなものが、より彼女を不思議なほど美しくしているのだと朱音は感じていた。




「あら、もうこんな時間」


部屋の隅にあるチェストの上にある置き時計に冬子は視線を向けた。

既に夜の八時を回っている。

気がつくと部屋には電気がついていて、朱音は話すのに夢中でまさか三時間以上もここにいるとは思っていなかった。


「すみません!こんな時間まで」


「引き留めてしまってごめんなさい、つい話すのが楽しくて」


「いえ!私こそ!」


話すのが楽しかったのはこっちだ。

いつも自分が相手と話すときに注意を払っているからこそ、その気遣いがとても大変かがわかる。

冬子が最後までこんな自分に気を遣ってくれていることが、心から朱音は嬉しかった。


「こんなに気楽に楽しく話せたのは久しぶりで、それも冬子さんが私が話しやすいように気遣ってくださったおかげです。

ありがとうございました」


朱音が椅子に座ったままぺこりと頭を下げると、冬子は目を細める。


「違いますよ、朱音さんが素敵な方だったから私も楽しくお話が出来たんです。

もし私との会話がそう感じたのでしたら、それはあなた自身によるものですよ」


穏やかに微笑む冬子を見て、朱音は急に涙が出そうになった。

映画を見て泣くことはあっても、他人様の前で涙が出そうになるなんていつぶりだろうか。

気が付けば人の顔色を見て、どうすれば機嫌を損ねないかということばかりに気を遣っては疲弊する、そんな自分が嫌だったのに、この人はこんな風に自分を褒めてくれた。

いつもならお世辞だと思えるはずなのに、この人から褒めてもらったことはお世辞だとは思いたくは無い。

それだけ彼女の言葉は朱音にとって、とても大切で魔法のように感じられた。

ふと、冬子の背後にある置物がキラリとひかり、朱音は何が光ったのだろうとそちに視線を向ければ、そこにはさっき気になっていた円柱のハーバリウムがあった。


「どうかしましたか?」


少し違う方向に視線を向けたままの朱音に気が付いた冬子が声をかける。


「あの青い薔薇が入っているのってハーバリウムですよね?

光っているのは宝石に見えますけどスワロフスキーですか?素敵ですね」


冬子は思わずその言葉に目を見開く。

あの薔薇を『青』と言って、中に花以外のものが入っていることを言い当てた女性は初めて。

そして『彼女』と生年月日も同じ。

これ以上『宝石に見える石は何色か』などと聞いてはいけない。

もしもその色までを当ててしまったのならば・・・・・・。

こちらを不思議そうに見ていた朱音に、冬子は何事も無かったかのように笑みを浮かべた。


「うちの者にご自宅までお送りさせますね」


朱音の問いには答えずにそう言って立ち上がった冬子を朱音は一瞬見上げた後、その言葉に驚いて立ち上がる。


「いえ、そんなことをしていただかなくても!」


朱音は、席を立ち横を通り過ぎようとする冬子を慌てて呼び止めた。

しかしその言葉を聞いても冬子は微笑んでいる。


「私のせいで怪我をさせてしまいましたし、もう外は真っ暗です。

女性一人でこんな時間に帰すわけにはいきません」


「そんな、おおげさですよ、まだ九時前ですし」


そう言った朱音に冬子は一瞬口を開きかけ、再度笑みを作る。


「じゃぁちょっと待っててくださいね」


朱音の言葉を無視し、冬子は紅茶などを持ってきたドアから出て行った。

美女が微笑むと一般人は太刀打ちなど出来ない。

朱音は美しさってこういう意味でも武器なんだな、と感心してしまった。