横浜山手の宝石魔術師



「まぁ別に隠していたわけじゃ無いんだが、昔は水泳ばかりやってたんだよ。

それなりに結果も出してたんだけどな。

身体壊して引退しても結局泳ぐことからは完全に離れられなくて、こうやってジムや元町公園のプールで泳いでる」


健人は苦笑いしながら初めて自分の昔話を始めた。

いかにもスポーツマンにしか見えない健人がイラストレーターをして今は売れっ子というのが朱音はなんとなく違和感を感じていたが、初めてその理由に触れられた気がした。


「昔から絵も描かれていたんですか?」


ちょうど飲み物が運ばれてきて、健人はビールのジョッキを取ってゴクゴクと飲むと、ぷは、と息を吐く。


「絵は趣味としてちょこちょこ描いてはいたが、学校の美術の授業以外で学んだことはないし、男が絵を描いてる、それも日頃は水泳選手としてそれなりにちやほやされてたからイメージを悪くしたく無いし恥ずかしいから誰にも言ってなかった。

で、大学もスポーツ推薦で入ったのにその途中で身体壊して、現実を突きつけられたんだよ、水泳取ったら何も他に俺には無いじゃないかって」


健人は特に悲壮感も無くただのおしゃべりのように話していて、KEITOの大ファンからすればあの優しげな絵は幸せな日々を送っている人だからこそ生まれた作品だと思っていたが、多くの苦悩を抱えてできあがった物だったのだと知り朱音の心は苦しい。

少しだけ特製フルーツジュースを飲んだ朱音は、じっと続きを待つ。


「んで、大学の途中でいわゆる自分探しの旅に出たわけだ。

オーストリアやフランス、そしてイギリスのロンドンに行ったときに冬真に出会ったんだよ、スリに遭って金がなくなった俺が公園のベンチで呆然としてた時に。

外国人かと思ったら流ちょうな日本語で話しかけられたから、最初は何か怪しげな奴かと思ったよ、もうなんか色々重なって不信感だらけになってたし。

そうしたら自分の家に泊まらせて、飯おごってくれて。

パスポートや飛行機のチケットはホテルに置いてたから無事だったけど、なんか居心地良くてしばらく厄介になってた」


健人は懐かしそうにビールと一緒に来た枝豆をつまんでいる。

健人が大学の夏休みに海外に行くと言ったら、親も周囲も揃って賛成して快く送り出してくれた。

それだけ進む方向を見失っていた自分を心配して周囲は後押しをしてくれたのだろうが、その時の健人には周囲が自分を腫れ物を扱うようにしているように思えて誰にも感謝するなんて事は出来なかった。

なんとなく有名どころを見て回ろうかと選んだ国や都市には素晴らしい美術館があり、そこに行く度に健人は圧倒された。

美術館自体が美術品そのもののような場所もあれば、教科書で見た絵画が所狭しと置かれている近代的な美術館、こういうものに小さい頃から触れられるこの国がただ羨ましく、でも何かが湧き上がってくるわけでは無かった。