横浜山手の宝石魔術師




「朱音さん、部屋に戻りましたよ」


そう言って氷が小さくなった冷茶を飲んでいると、冬真の後ろ側にあるダイニングへのドアが開き、そこに健人が腕を組んでもたれかかった。


「何ですか?ずっとそこから怖い視線送っていましたが」


「随分上手く誘導したな。

あいつはお前を余計に優しい人間だと誤解してしまっただろうが」


健人はかなり早い段階でダイニングの扉を少し開け、ずっと話を聞いていた。

二人の座るソファーからはダイニングへのドアは後ろになるため見えないが、冬真はずっと健人が聞いていることにもちろん気が付いていた。


「何のことですか?」


「とぼけんな。

『彼女』の亡くなったことを話した上で、お前を守るためだった、でももうやらないなんて言われたら、突き放されたようで普通でも不安になる。

朱音が父親の勝手な命令すら逃げられない性格なのはわかってるだろ。

お前の魔術は相手に『誓約』とやらをさせて拘束するんだよな。

あいつはお前に誘導されて自らお前と『誓約』させられたようなものだ。

自由にするとみせかけて、以前よりむしろあいつは縛られたんだぞ、知らないうちに」


健人の声は苛立っていた。

冬真の後悔はわかっているし、自分自身だって朱音が心配だからこそ送迎などもやっていたが、本来は自由にさせておくべきだと思っていた。

それをこんな風に逃げられないようにするとは。

他人からさせられることと、自分から言ってやることでは責任の重さが違う。

朱音は自分からあのように冬真に約束した以上、破らないよう以前より気を遣い、頑張るだろう。


「朱音さんはもっと早くこんな身勝手な僕を嫌うか、うんざりして家を出て行くのではと思ってたんですけどね」


「嘘つくんじゃねぇよ」


「本当です」


一切振り返らない冬真の表情はわからないが、特に動揺しているようには思えない。


「お前は、あいつを逃がしたいのか?それともここに置いておきたいのか?」


「・・・・・・わからないんですよ」


「なに?」


冬真の声が急に小さくなって、思わず健人は聞き返した。


「わからないんです。

僕自身、どうしたいのかが」


そういうと立ち上がり、部屋に一旦戻ります、と言うと健人の方を一度も見ずにリビングを出て行った。

あんなにも弱気にすら思えそうな冬真の声を聞いたことの無かった健人は困惑した。

いつだって自信を持って、それこそいわゆる魔術師らしくしたたかに動く男だと健人は認識している。

だがさっきの冬真はあまりに違和感が大きい。


『俺を騙そうとしているのか?

『彼女』と絡んでいるからあいつ自身も決断できないのか、それとも、朱音だからなのか?』


健人は口元に手を当て考えていたがこれから賑やかになるだろうダイニングに少しだけ視線を向けた後、静かにその場を後にした。