まるでタイミングを見計らったかのようにアレクが珍しく氷の入ってないロンググラスに入った冷茶を朱音の前に置き、思わず朱音が顔を上げてアレクを見ればその漆黒の瞳と目はいつもより優しく思え、小さな声でありがとうと言うとアレクは会釈をして部屋を出て行った。
朱音は目の前の飲みやすい温度の冷茶をぐっと飲めば、静かな優しさが伝わってくるようだ。
冬真は少し表情が落ち着いた朱音を確認して自分用の氷の入った冷茶に口をつける。
「父は私が大学に進学するのを反対しました。
ですが母と進学を約束していたし、せめて短大は行きたいと言いましたがなかなか許してもらえず、奨学金で行くこと短大を卒業したら見合いをすることを条件に逃げるように父を一人置いて実家を出ました。
短大に通っているときの仕送りはもらったのですが社会人になれば返せと言われていたので、今しているのは父への仕送りと言うより無利子で借りたお金を単に返しているだけです。
父が、自分の給料が高ければ、ずっと最初の会社に勤めていれば、母を勤めに出さず過労死させることも無かったと責めているのかもしれないと思うと、見合いの話しが来ても最初からは断る勇気なんて無くて。
だから冬真さんの話を聞いて、正直どうしていいのかわからないんです。
こうやって贅沢なほどしてもらっていて、たったそれだけのことを嫌になってた自分が情けないし、私がいて冬真さんは辛い過去を思い出し苦しい気持ちでいるのかと思うとその・・・・・・」
朱音が夜一人で帰ることを許そうとしないのには何か理由があるとは思っていた。
だがこんな話を聞いて冷静になって考えれば、自分はしてもらっていることばかり。
父親の束縛は朱音のその後の人生を朱音の意思に関係なく決定してしまうことだが、冬真の行為はあくまで一人で帰ってこないで欲しいと言うだけで、何時に帰宅しろというものではない。
小さく感じていた違和感が、今日同僚に指摘されたことで不満に思っていたことに気が付き、冬真が迎えに来たことで一気に父親からされている行為に結びつけてしまった。
朱音は話しながら自分がどう思っていたのかを初めて気が付いた気がして、どんどん自己嫌悪に陥っていく。
「朱音さんは優しすぎて心配になります」
おずおずと朱音が顔を上げて冬真を見ると、何故か困っているようだった。
「ここはきちんと怒って良いんです。
部屋を貸したのも、食事をきちんと取らせるのも、帰り一人で帰ってこないようにさせているのも全て僕の我が侭なんですから」
どこが我が侭なのだろう。
朱音に取ってみれば冬真は救世主に近いのに。
「いえ、私の方が我が侭になって」
「僕は」
朱音が冬真に向きながら必死に言おうとしたのを冬真が止める。
「僕は、ただ自分が後悔したくないために自分の我が侭に朱音さんを巻き込んでしまっただけです。
健康のために食事はきちんと取って欲しいですが、お友達との付き合いもあるでしょうし無理する必要はありません。
それと帰りの連絡も無しにしましょう。
朱音さんも彼氏の家に泊まりたいときがあるかもしれないですし、いちいち僕に連絡するのも恥ずかしいでしょうから。
帰るときには注意して帰ってきてくれればそれで構いません」
ゆっくりと冬真が話すその内容が、今度は急に不安を与える。
唐突に自由にしていい、となると喜ぶべきなのかもしれないが、帰宅の件は冬真の個人的な後悔があるからにせよ、冬真は自分の我が侭などと言っても結局は全て朱音のことを思ってだ。
自由を奪う檻だと思っていた物が、実は自分を守るために作られた物だと知ってその檻が外れたら、自由のために踏み出すよりも怖さや申し訳なさが襲ってきて、冬真から突き放されてしまった、呆れられてしまったのではないだろうかと思えてしまう。
朱音が思わず不安げに冬真を見れば、冬真は申し訳ないのか視線を外した。
とっさに冬真の上着の袖を引っ張ってしまい冬真が朱音を見れば、朱音は慌てて引っ張った手を引っ込め、再度俯いた。



