「あの」
朱音は実にタイミングが悪かった。
理恵子が冬真を睨んでいる時に声をかけてしまったことに気が付き、朱音は自分の間の悪さに泣きそうになる。
「どうしました?」
横にいる冬真が優しく笑みを浮かべ、理恵子も朱音を不機嫌そうに見ている。
もう何でもありませんとは言えなくなって、朱音は理恵子の方を向く。
「あの、私、音楽は素人ですし何もわからないのですが」
理恵子は、何を言い出すのかと不審そうな表情だ。
「私は加藤さんの歌声、凄く綺麗だなって思いました。
聞いていた子供達が帰るとき楽しそうに歌ってたりしてたんです。
その、歌って凄いなって、思って」
ぽかんと自分を見る理恵子に、朱音は自分が失敗したことを悟った。
冬真なりにきっと意味があって言っているのをわかって欲しい、そして何より、理恵子自身に歌が素敵だったと伝えたかった。
なのにこんなにも薄っぺらい言葉しか出せず、自分の語彙力のなさに情けなくなる。
もっと頭が良ければ上手く伝えられたと思うのに。
「・・・・・・子供さんが歌ってくれたの?」
理恵子は顔を少し下げそう聞くと、はい、と焦ったように朱音は返事をする。
その後しばらく理恵子は俯きがちのまま何も言わず、朱音は申し訳なさにとにかく声をかけようとしたとき服の袖が少し引っ張られそちらを見ると、冬真が朱音を見て少しだけ顔を横に振った。
朱音は頷いてその沈黙に付き合う。
理恵子はぼんやりあのイベントで歌ったときのことを思い出していたが、そんなに客が喜んでいるとは思えなかった。
それとも感じ取れなかったのだろうか。
沢山客がいたわけでも、拍手喝采があったわけでもない。
子供連れも何組か見かけたが、あまり反応を気にはしなかった。
何だかあの宝石の一件から宝石ばかりに囚われて、自分の本来すべきことと、感じなくてはいけないことが疎かになっていたのではないだろうか。
未だに目の前の男に腹は立っている。
なのに、歌で見返してやりたいと湧き上がるその気持ちは、憑き物が落ちたように清々しかった。
「いいわよ」
ずっと黙っていた理恵子が浮かべた笑みは、自嘲なのか、諦めなのか、朱音にはわからない。
「アドバイスを受け入れるわ」
ただ最初来たときとは全く違う表情をしている理恵子に、朱音は驚く。
朱音からすれば、冬真は喧嘩を時々売っていたり、よくわからないことを提案しているように思えて不安に思い、こんなにもあの理恵子が表情も態度も変わるとは想像できなかった。
「さて、どういたしましょう」
だが冬真は理恵子の気持ちがわかっているように優しく微笑む。
「モアッサナイトでネックレスを作りたいの。
ここで作ってくれるの?」
「いえこちらでは。ですので僕が信頼するお店を紹介しましょう。
そちらは既にアクセサリーとして作っていますのでルースから始めるより割安ですし、それらが気に入らなければルースからある程度なら作成してくれますよ」
「ねぇ、そこ、紹介割引ってある?」
そう言ってにやっと笑った理恵子に、
「僕の紹介だと、裏からとっておきの品を持ってきてくれます」
そう冬真が返せば、理恵子は大きな笑い声を上げる。
その笑い声はとても明るく、声が通ってこの洋館に広がった気がした。
「なんだかんだ二時間以上いたのね、おいくら?」
「頂かなくて結構です」
財布を鞄から出そうとした理恵子は冬真の返事に目を丸くした。
「その代わり、今度加藤さんが舞台に立つときに招待して頂ければ」
冬真はとても優しげに理恵子に微笑みかけた。
思わず口を結んだ理恵子は俯く。
なんてやり方をするの。
本当に悔しい、でも、嬉しさが勝ってしまった自分に口元が緩むのを感じ、それを悟らせないように理恵子は口元を引き締め直す。
「わかったわ。
その時はあなたと、そこの女の子の分のチケットを送るから楽しみにして頂戴」
「そんな、私は何もしてないので」
朱音が慌てて断ると理恵子は笑う。
「あなた、午前の部でも私のチラシ配りとかしてたわよね、歩道まで出て。
終わってステージから掃けるときも、素敵でしたって拍手しながら声かけてくれたから。
あの時はイライラしてたからお礼言えなくてごめんなさいね、それとさっきの言葉、ありがとう」
明るくそう言った理恵子に朱音は驚いた表情をしたが今度は恥ずかしそうに、ありがとうございます、と答え、それを見ていた冬真は目を細めた。
モアッサナイト扱う店の連絡先を理恵子に伝え、冬真は、加藤さん、と声をかける。
「例のサファイアらしきペンダントをしていた女性の名前をフルネームで教えては頂けませんか?
出来れば連絡先も。
実はここだけの話しにしておいて頂きたいのですが、盗品の可能性がある物はリストになって我々の業界に連絡が来るのですが、それにとても似ているんです。
確認を取りたいのでお願いいたします」



