「随分回りくどい言い方しているけど、ようは奇をてらうよりオーソドックスな石を選べってこと?」
「それもありますが、むしろそういうものにこだわらず、加藤さんが石を本物の宝石にするくらいの野心があっても良いのでは?
あの女性は宝石で選ばれたのでしょうが、加藤さんは歌で魅了して、加藤さんがしていた宝石は素敵ね、欲しいわ、と思わせれば本来の目的は達成できるのではないでしょうか」
そう言うと冬真は美しい笑みを浮かべた。
言っていることは簡単なようで恐ろしく無茶なことをふっかけている。
音楽の世界はそんなに簡単な世界では無い。
運や人脈など、想像以上に厳しい世界。
だけどこの目の前の美しい男は、傷ついている理恵子の心に遠慮無く切りつけてきた。
宝石なんぞに頼らず、実力で勝負して奪え、と。
厳しい世界がわかってる上で。
「あなた、性格悪いわね」
ため息をついて理恵子が言うと、冬真は何も言わずただ笑みを浮かべた。
「さて、それを踏まえて一つご提案です」
冬真は席を立つと、部屋の隅にあるチェストの上にある黒い箱を手に取る。
その間にアレクがいつの間にかやってきて、紅茶をつぎ足して部屋を出て行く。
冬真はテーブルに戻り、平たい箱を置くと、それを開けた。
そこから小さな黒いベルベッドの長方形の受け皿のようなものをとって、理恵子の目の前に差し出した。
「これ、ダイヤモンド?」
その入れ物に並んでいたのは、透明な宝石のルース。
部屋の中の光を全て集めて解き放っているように輝かしい。
「やはりダイヤモンドは美しいわね。
こんなに大きいの、値段がわからないわ」
「これで約5カラットですが、品質の良い物なのでだいたい60万くらいでしょうか」
「・・・・・・もしかしてこれ、偽物?」
ダイヤモンドがこの大きさでそんな額だなんてありえない。
騙されたと、理恵子の声は不機嫌だ。
「これはモアッサナイトと言って、今ダイヤモンドに一番近い人造石です。
ですがダイヤモンドに似せた有名なキュービック・ジルコニアのようなものとは違い、これはダイヤモンドに近い性質を多く持ち、海外ではダイアモンドではなくむしろモアッサナイトを好んで購入されている人も多いんです。
せっかくなのでこちらと見比べてみて下さい」
そういうと、小さな袋から透明なルースを一粒、モアッサナイトの横に置く。
「もしかしてこれがキュービック・ジルコニア?」
「正解です」
理恵子が色々な方向から置かれた透明な石を見た後顔を上げそう言うと、冬真はにっこりと微笑んだ。
斜め向かいに座る朱音が見たくてそわそわしていると、理恵子は笑って朱音の前に石の並んだトレーを差し出し、朱音は嬉しそうな顔でお礼を言った。
「そうね、キュービック・ジルコニアは異様に輝いてる。
並べてみるとキュービック・ジルコニアの方が安っぽく見えるわ」
にこりと冬真はすると、今度はプラスチックで上が透明な小さな箱から一粒取って、キュービック・ジルコニアの隣に置いた。
「もう箱の時点からこれは本物のダイヤだってわかるわよ」
苦笑いで答える理恵子に、せっかくなので比べてみて下さい、と冬真が言う。
見ていて輝きの差は歴然だった。
輝く、という点ではキュービック・ジルコニアは一番なのだが他と比べれば安っぽい光。
それに比べ、モアッサナイトはダイヤモンドに近いというのがわかり、おそらくシャッフルされればわからないだろう。
「冬真さんはモアッサナイトとダイヤモンド、どちらかわかりますか?」
朱音の質問に、冬真は微笑む。
「これくらい差があれば何とかわかりますが、より上質な物なら難しいですね。
それだけプロ泣かせの人造石です。
今は機械で簡単に判別できますが、初期は判別がしにくかったため、本物だと思って購入し、今もそう思って大切にしている方々はいるでしょう」
理恵子はじっと並んだ透明な石を見て笑った。
「宝石のプロからすれば偽物でも、本物のダイヤモンドと思った人には永遠にそれはダイヤモンドよね」
段々と馬鹿馬鹿しい、そんな気持ちに理恵子はなっていた。
最初はただあの女のしていた宝石に役を奪われたことが憎くて、あの女に一泡吹かせるために素晴らしくて自慢できる宝石が欲しかったのに、目の前の美しい男は、恐ろしく高級な宝石を紹介したかと思えば、本物にそっくりの偽物を提案したりする。
たったここにいる間ですら、宝石に振り回されてしまった、声楽家である本来の自分を自分が置き去りにして。
そんな自分を見透かしたように、声楽家なら宝石で勝負せずに実力で勝負しろとこんなやり方で説教してきた。
段々考えていたら腹が立ってきて、何か一言言わないと気が済まない。
理恵子は正面で澄ましたような顔をしている男を睨んだ。



