横浜山手の宝石魔術師



「加藤さん、貴女はあの女性のサファイアよりも上の宝石を周囲に見せることで、ようは目立ちたい、注目を浴びたい、一泡吹かせたい、というのが真意でしょう?」


冬真はただそこに座っているだけなのに、一歩一歩追い詰められているように感じて理恵子は無意識に身体を椅子の背に押しつけた。


「でもおわかりですよね、もうそんなことをしても主役の座が戻ってこないことは」


顔を硬直させていた理恵子が、冬真の視線に耐えかねたように顔を背ける。

朱音はただハラハラしながらその様子を見ていた。

きっと冬真には考えがあってやっている。

そう思うけれど、苦しんでいる理恵子をより追い詰めているようにしか見えなくて可哀想でたまらない。


「・・・・・・パライバトルマリンは宝石の中でも非常に新しいものです。

他の宝石には無い色、希少性などからあっという間に人気を得ました。

資産価値の高い宝石でもあるでしょう。

でも、エメラルド、ルビー、サファイアのような伝統に裏打ちされた宝石にはやはり及ばない。

人それぞれ好みがありますので、これらの宝石より他の宝石が一番だと思う人もいますし、価値観はそれぞれです。

加藤さんは声楽家ですよね?」


「え、えぇ」


宝石の話しから突然そんなことを振られ、理恵子は戸惑う。


「先日のイベントで歌われた曲目は何でしょうか」


「え?歌った曲は・・・・・・滝廉太郎の花、故郷、荒城の月、アナと雪の女王で松たか子のLet It Go~ありのままで~、そしてアヴェマリア、だけど」


「何故その曲目にしたのですか?」


「イベントの主催者側から、多くの人が知っている曲にして欲しいと言われたの。

年齢層も幅広いっていうから、他のグループとかぶらないか確認してそれらにしたのよ」


「その曲目に、声楽家なら誰でも知っているイタリア歌曲を入れたらどうでしょう、例えば『Amarilli』(アマリッリ)とか」


「それは・・・・・・曲の間にでも入れれば流れで仕方なく聴くでしょうけど盛り上がりは少ないでしょうね、普通の人が相手だもの」


「そうですね、でも実力が素晴らしければ聴く人によれば魅了されるかも」


一体どういう流れなのかわからず、理恵子の表情は不信感を隠していない。

でもそんな様子を見ても、冬真は穏やかだ。


「宝石にあまり詳しくない人でも三大宝石は知っていますが、パライバトルマリンを知っているのは大抵宝石が好きな人だと思われます。

ごく普通の方に三大宝石である、エメラルド、ルビー、サファイアとパライバトルマリンを並べて宝石の名前だけ言って、どれが最初に欲しいかとなれば、まず大抵三大宝石のどれかを選びますよ。

宝石に詳しい者なら品質などが同程度であればパライバトルマリンを選ぶでしょうが、詳しく説明でも受けないと綺麗だと思ったとしても初めて買う宝石として選びにくい。

他の人に「サファイアを買った」と言えばすぐに通じますが「パライバトルマリンを買った」と話しても、トルマリンは安い種類も多いので、サファイアを買ったということより下に見られることがあるかもしれません。

宝石に高いお金を出すのなら、それも人に見せたいのならば、オーソドックスなものを選んでしまうのは仕方が無いことです。

今回の曲目だって同じようなものです。

大抵の方はよほど耳が良かったり音楽に詳しくなければ、オーソドックスなものの方が受け入れやすい。

でも手を抜きましたか?そんなに音楽に詳しくない人達が集まるイベントで。

オーソドックスな曲ほど難しい、特に日本歌曲は。

僕はイギリス人と日本人のハーフなので、英語などで話すときに口の奥が当然のように開いて話すことになれていますが、日本語はそうではありません。

母音を落とさずに日本歌曲を歌う、これがとても難しいのだと日本人の友人の声楽家が言っていました。

舞台で主役を張りたいと思うのです、イベントは小さくても、聴いている人を自分の歌で魅了したいと思うのでは?」


理恵子は、外国人のような顔で流ちょうに日本語を話す冬真の話しを、眉間にしわを寄せながら聞いていた。

ただ宝石に詳しいだけの美形なのだと思っていたが、少しは声楽の知識があるようだ。

イタリア古典歌曲というのは声楽では非常にオーソドックスなものでむしろ有名な曲も多いが、そういったクラシックに触れることの少ない日本では知らない人の方が多い。

それに日本歌曲は日本語だからこそ難しい。

一つ一つの言葉を聞き取りやすく響かせるのはかなりの技量が必要で、ついイタリアやドイツの曲を歌いがちになる世界ではあっても、理恵子は日本歌曲も手を抜かずに練習している。

プロといえどもまだ二十代、いつまででも練習が必要な世界で、より練習が必要な年齢なのだ。

多くの観客が自分の歌を聴き、嬉しそうにしたり、感動したりしているところを一度でも味わえばそれは癖になってしまう。

だからそれを味わうことの出来るよう、いつも観客を満足させる自分でいられるように、理恵子は必死にこの世界を生きている。