横浜山手の宝石魔術師





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理恵子からの電話はあのイベントの夜には冬真の元にかかってきて、冬真はわざと日にちを空けようとしたがしつこく日程を早めようとする理恵子をなんとか説得し、翌週金曜日の夜に洋館の仕事部屋で会うことになったのだが、今回は付き合わなくて良いという冬真に、朱音は自ら同席したいと名乗り出た。

最初に同席して欲しいと頼んだのは冬真であり、朱音がその後について気になるのは仕方がないとOKを出した。

洋館に来た理恵子はつい先日会ったときより痩せているように見え、それも前回のように切羽詰まった表情と言うより疲れ切っているようだ。

理恵子が隣の席に置いたバッグは二つあり、一つは大きなトートバッグで、大きな本やファイルなどが見える。

おそらく舞台の稽古かレッスン後かにそのままここに来たのだろう。

冬真は思ったよりも理恵子が深刻な状況であることを理解し、アレクに紅茶では無い飲み物を用意させた。


「ホットチョコレートになります」


アレクは三人の前に、白地でカップの縁は柔らかく波打ち、側面には大きくハーブが描かれたマグカップとクッキーを置いて出て行った。


「まずは温かいうちに飲みましょう」


「私はあまり・・・・・・」


「そのホットチョコレートには、隠し味にハーブを入れてあります。

どれも喉に良い物ですし、お仕事の後でしょう?

声楽は体力を使います。栄養をきちんと取るのもプロの仕事ですよ」


優しく冬真が言うと、理恵子は戸惑った表情をしたあと、カップを取りゆっくりと口をつける。


「美味しい」


少し表情を緩ませそう言ってまた飲んでいる理恵子を見て、冬真と朱音もホットチョコレートに口をつけた。


「気持ちは変わりませんか?」


しばらくして冬真が尋ねると、理恵子は少し間を置いた後えぇ、と返事をする。


「例の女性がしていた宝石の種類はさすがに集合写真ではわかりません」


「そうよね。宝石は確かサファイアだと彼女は言っていたわ」


「もしもあのサファイアが本物だとして約10カラット近いと思います。

最高級品だとすれば約10カラットで安くても数百万しますし、そのネックレスを貸したという親戚は随分気前が良い方なのでしょうね」


「えっそんなに?!」


思わず横にいた朱音の方が声を上げてしまい、慌てて口の前を手で覆う。


「産地や品質、加工の有無等で値段はかなり変わりますのでだいたいの値段です。

ネックレスのデザインからして最近の物ではありませんから、少なくともマダガスカル産のサファイアでは無いでしょう」


「どういうこと?」


理恵子が声をかける。


「サファイアの有名な産地はいくつかあるのですが、現在の主産地はマダガスカルです。

マダガスカル産は1998年頃からの南部イラカカ村から産出したのをきっかけに次々と鉱山が発見されたのですが、このネックレスのデザインだともっと前でしょう。

なのでマダガスカル産であることは無いと考えました。」


冬真が答えると、理恵子は頷きながら聞いていた。

確かにネックレスのデザインは無駄にごつい感じで、スタイリッシュではなく、むしろアンティークの印象だ。


「さて、今回はジュエリーアドバイスということでご相談をお受けしましたので、金額は抜きにあれがサファイアだと仮定して同じ色味でそれを超える品となると、希少性、人気、そして華やか、というところから、こちらの宝石をお勧めします」


そう言って出したのはケースなのでは無く大きめのタブレットで、それを開いて理恵子に見せた。


「なに、これ・・・・・・」


思わず理恵子はそのタブレットを持ち上げ、食い入るように見る。


「パライバトルマリンです」


その画面に映っていたのは、見たことも無いようなネオンブルーの宝石だった。

よく見るアクアマリンなどの青ではない、海の青とも、空の青とも違う、恐ろしいほどにビビッドな青なのに下品などでは無い、むしろ別格であることを感じる特別な色。

画面には何点か大きなサイズでルース、アクセサリーになっている状態が映っているが、これで凄い、ずっと見ていたいと思える宝石なのだ、実物を見てみたくなるのは当然だった。