横浜山手の宝石魔術師




冬真と朱音はイギリス館を出て、夕方の横浜元町の歩道を並んで歩く。

アレクの運転する車に二人で乗ったことはあったが、二人だけで歩くのは初めてだと朱音は思いつつも、やはり冬真の理恵子に対する態度の違和感に戸惑っていた。


「嫌な男だと思ったでしょう?」


唐突に横を歩く冬真に苦笑いで言われ、朱音は慌てて否定する。

だがそんな風に取り繕っても冬真の目は優しい。


「何か、理由があったんですよね?」


朱音が確信めいた声で聞くと、笑って冬真は前を向く。


「彼女は魔に捕らわれていました」


唐突な言葉だが魔術師としての話だと思い、朱音は冬真の横顔を見る。

夕方だがまだ観光客らしき人はそれなりに歩いて、朱音の歩く歩道の前後には人がいないが、聞かれたりしていないのか心配になって周囲をキョロキョロとすれば、


「大丈夫ですよ」


冬真が笑ってフォローするので、また考えていることが見抜かれたと朱音の気持ちは複雑になる。


「彼女の主役を奪った女性のネックレスについていた宝石はおそらく魔術用のジェムです」


「えっ?!」


「彼女はそのジェムに酷く影響されてしまっているんですよ、冷静さを失うほどに。

役を奪われる、そんなことは音楽でも役者でも日常茶飯事で、能力だけではのし上がれないことくらい皆わかっていることです。

だけど彼女はあの宝石が原因なのだとわかった。

そこまでは良いとして、彼女はそれに勝る宝石をと異様なほど固執している。

おそらく冷静な彼女ならわかるはずです、たかが宝石一つで彼女に勝てるようになるなんてことは無い、と」


その声は静かで、夕方の静かなこの街に溶け込むように違和感が無い。


「さっきあんな態度を取っていたのって、どこまで彼女が冷静なのか確認するためですか?

気持ちが変わらないなら連絡を、なんて言ったのも?」


どうしても冬真が意味も無く人に冷たい態度を取るのことが信じられない。

まだあの洋館に住みだしてそんなには経っていないが、冬真は朱音が見る限り老若男女関係なく丁寧な対応をしていた。

考えてみれば今回も最初から断れば良いのに、条件付きとはいえ冬真は理恵子の話しに付き合った。

冬真には考えがあってわざとあんな態度を取った、朱音はそう思い前を向いたままの冬真をじっと見ていると、視線だけ朱音に向けてくすり、と笑う。


「いえいえ、僕は結構酷い男なんです」


何故か胸を張って言った冬真を見て、あまりのわざとらしさに朱音は笑いがこみ上げた。


「嘘ばっかり」


くすくすと朱音は思わず笑ってしまう。


「朱音さんは可愛いですね」


突然の言葉に一瞬ぽかんとしたが、笑っている冬真を見てただ複雑さが増すだけだ。


「絶対私のこと子供扱いしてますよね?」


「とんでもない、先日お刺身に間違ってわさびをつけたのに、気づかれないよう頑張って食べていましたし。涙目でしたけど」


「どういうところ見てるんですか!!」


横でしきりに怒っている朱音を見ながら、冬真は口元に笑みを浮かべる。


「疲れたでしょう?

アレクが手作りプリンを作っているそうなので晩ご飯前ですけど食べちゃいましょう、特別に」


「やっぱり子供扱いしてる」


プリンという単語に嬉しそうな顔をしたのに、今度は不満そうな顔で見上げた彼女に笑みを浮かべると、口をへの字にしている朱音を見て今度は冬真が吹き出した。

洋館まであと数分。

二人で笑い合いながらもう少し散歩したいという気持ちが沸いてくるけれど、朱音にはその感情が何を示しているのかはわからなかった。