朱音は冬真の言葉を聞き、真摯に彼が気持ちを伝えようとしていることが、そして自分を選んでくれたことに嬉しさがこみ上げてくる。

冬子さんと親しくなりたかった。

その女神のような女性は、まさかの超絶格好いい男性だった。

でも根底にある温かなものは同じなのだとやはり思う。

もっと冬真さんと話したいし知りたい。そして、自分も信頼してもらいたい。

そんな自分の気持ちに、朱音は素直になることにした。

なぜなら目の前の人が、『素直に行動した方が良い運が回ってくる』と教えてくれたのだから。


「これから、どうぞよろしくお願いいたします」


朱音は顔を引き締め、深々と冬真に頭を下げた。

それをみて冬真が笑い、立ち上がる。


「これからは朱音さんもここの一員ですね。

ようこそ、我が洋館へ」


そう言って冬真は右手を差し出す。

慌てるように朱音も立ち上がった。


「よろしくお願いいたします!」


そう言って手を握り返せば、そのまま冬真は笑みを浮かべる。


「名前は呼んで下さらないんですね」


「えっ?」


「これから一緒に住むというのに全然名前を呼んで頂けないので寂しいな、と」


冬真は芝居がかったような寂しげな顔で朱音を見れば、それが何を指してるかやっと気が付いた朱音は思わず顔が赤くなってしまった。


「すみません、その、恥ずかしくて」


「冬子では呼んでいたのに?」


「それとこれは別じゃ無いですか!」


恥ずかしさで一杯になり思わず朱音が大きな声で抗議すると、冬真は棚から一枚小さな紙を持ってきて朱音に渡す。

それは名刺だった。


「英語で書いてあるんですけど読めますか?」


唐突な流れに訳もわからず朱音は名刺を受け取ると、アルファベットだけ並ぶその文字をそのまま読み上げた。


「よしの とうま?」


「はい、よく出来ました」


にこにことする冬真を朱音は見ていたが、やっとそんなことをさせた意味に気が付いた。

顔が熱くなる。

冬真になったとしても冬子と同じだと思っていたけれど、これはもしかして違う、というかちょっと意地悪な人だったりするのだろうか。


「子供扱いしないで下さい・・・・・・」


何か文句を言おうとしたのに、やっと言えたのはそんな言葉だけ。


「そんなこと思っていませんよ?

朱音さんはもう立派な大人の女性だと思ってます」


優しい笑みでそう言った冬真に、朱音はそれ以上言えなくなってしまった。

思わず冬真が言ってしまった、言葉の違和感には気が付かずに。


「さて、ランチにしましょう。

実はお腹がとても減っていて、いつ朱音さんの前で鳴ってしまうのではとヒヤヒヤしていたんです」


そう言うと、タイミングを計ったようにアレクがサンドイッチの用意をテーブルにし始めた。

気が付けば妙に気負っていた気持ちが落ち着いてきて、朱音が冬真に感じていた別の世界の人と思えていた溝が、自然と取り除かれたような気がする。

冬真は、朱音の持ってきたケースとは別に、可愛い箱形のアクセサリーケースに入れてラブラドライトのネックレスを渡した。

この『ジェム』であるラブラドライトが本来の意味を持てるため冬真が調整したとは知らずに受け取った朱音は、可愛らしいケースと、輝きが増したようなラブラドライトに思わず笑みを浮かべる。

美味しい紅茶に、豪華なサンドイッチ、そして素敵な人とまたこうやって話していられるだなんて。

ラブラドライトがまた作り出した新しい出逢いに、朱音はこれから過ごすこの洋館での日々がとても待ち遠しかった。