朝九時からプライム高校でバチェラーの撮影は始まった。
「バチェラー、本日は舞浜ミキさん、赤城伊香保さん、渋谷ヒカリさん、湊みらいさんが学校のどこかでおもてなしをするために待っています。まずはこちらの方から」
 バンザイ先生から封筒を受け取り、中をみると便箋に『テニスコートで待っています。一緒に汗を流しましょう』と書かれていた。控室でジャージに着替え、テニスコートへ向かう。

「タケルー!」
 テニスコートではピンクのTシャツに白いスコート姿のミキが手を振っている。

「来てくれてありがとう。今日は一緒にテニスをするよ。タケルはテニスをしたことある?」
「体育でちょっとだけ」
「じゃあ、大丈夫だね。楽しんでくれればいいから。はい、このラケット使って」
 ミキからラケットを受け取り、コートに立つ。

「じゃあいくねー」
 ミキは山なりのサーブをうち、目の前にきたボールを健はまっすぐに打ち返す。
「タケル、じょうずー」
 何回かラリーを続けると、ミキはボールを掴んだ。

「ねぇ、タケル。ラリーをしながらお互いのいいところを一つずつ言っていこうよ」
「いいよ」
「じゃあ、いくねー。いいところが言えなかったら負けだからねー」
 ミキは山なりでサーブを打った。

「かっこいい」
「かわいい」
 健はボールを打ち返す。

「身長が高い」
「スタイルがいい」
「笑顔が素敵」
「笑顔がかわいい」
「テニスが上手」
「ミキも」
「ちょっと待って」
 ミキはボールを手に取りラリーを止めた。

「ずるーい。ワタシの言ったことを繰り返してるだけじゃん」
「でも、正直な気持ちだから」
「じゃあ、今度はタケルからね」
 そう言って、ミキはボールを健へ投げた。健はボールを受け取り、山なりのサーブを打つ。

「元気が溢れてる」
「タケルも」
「明るい」
「タケルも」
「勉強ができる」
「タケルも」
 健はボールを手に取りラリーを止めた。

「ちょっと待ってよ。それずるいじゃん」
「ずるくないよー。思ったことを言っているだけだもん」
「じゃあ、これから同じ言葉を言っちゃいけないっていうルールにしよう」
「しょうがないなぁ。いいよ。でも、負けたら罰ゲームね」
「わかった。じゃあ、僕からいくよ」
「おっけー」
 健はポーンとサーブを打った。

「英語の発音がいい」
「プログラミングできるなんてすごい」
「私服がかわいい」
「背が高い」
「いつでも笑顔」
「誰にでも平等に優しく接してくれる」
「えっと……。ミキも!」
「タケルの負けー」
 ミキはボールを手に取り、健の元へ歩み寄る。

「罰ゲームは何にしようかなぁ。じゃあ、次にツーショットデート誘って!」
 健はカメラを持つ佐久間先生をチラリと見ると、頭を横に振っている。ここで返事をしてはいけないということだ。

「考えておく」
「期待してるね。ちょっと休もうか」
 二人で並んでベンチに座り、ミキが用意していたドリンクを飲む。

「楽しかったねー」
「テニスは久しぶりだったけど、楽しかった。やっぱり体動かすのって気持ちいいね」
「はい、タオル」
 ミキのタオルで汗を拭うと、ほんのりと花の香りが漂う。

「あれ? ちょっと待って。あの人たち、何?」
 テニスコートの隅から数人の女子が顔を出しているのに健は気がついた。

「もしかして」
 顔を出していた女子は「わー」と言って、健たちの目の前に現れた。
「チアリーダー!?」
 黄色のトップスにPRIME CHEERSと書かれている。プライム高校のチアリーディング部だ。
「みんなぁ!」
 チアリーダーは隊列を組み、両手を腰にあて胸を張る。

「今日はミキと健君の恋が上手くいくようにエールを送ります」
 持ってきたラジカセのスイッチを入れるとアップテンポの音楽が始まる。
「Are You Ready? Let’s Go Yell!」
 大きな掛け声の後、音楽に合わせてチアリーダーたちが踊り出す。
「ゴー! ミキ! ゴー! ゴー! タケル! ゴー!」
 右手を上げ、左手を上げ、右足を垂直に上げる。

「タケル、チアをみるの初めて?」
「うん。初めて」
 チアリーダー二人が一人の足を支え、上に大きく投げ上げた。投げ上げた女子は下の女子の肩に着地する。
「うわっ、すごい」
 想像以上にアクロバティックな演技に健は驚き、口を開けたまま見つめている。

「ちょっと高さが足りなかった。あれっ?」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
 ミキは何かに気づいた様子だ。

「ミキもこういうのやってるんだよね?」
「そうだよ。タケルにワタシのかっこいい姿をみせてあげる」
 ミキはそう言うと、急に立ち上がりチアリーダーの中心に立った。
「えっ、うそ?」
 ミキは両腕を腰にあて、胸を張る。
「タケル! いくよ! GO! FIGHT! WIN!」

 ミキはメンバーに混ざり、演技を始めた。ミキを中心に演技が繰り広げられていく。
 そして、ミキは最後に空高く舞い上がり、空中で一回転すると下にいるチアリーダーにキャッチされた。



「you are No1!」



 ミキは健にほんの数センチの距離まで顔を近づけて叫んだ。そして、音楽が止まった。
「ブラボー!」
 健は思わず立ち上がり、拍手をした。

 チアリーダーたちは「バイバーイ」「ファイトー」「がんばれー」と言って去っていった。
「どうだった?」
 ミキははぁはぁと息を荒げたまま、健の隣に座った。

「すごかった。まさかミキも参加するとは思ってなかった。打ち合わせしたの?」
「ちょっとだけね」
「そうだ、さっきの罰ゲームなんだけど、期待しておいて」
「えっ、ほんと?」
 健はうなずいた。ふと、時計をみると一時間が経過している。

「そろそろ行かなきゃ」
「じゃあ、また」
「うん、またね」
 健はミキに手を振りながら、テニスコートを去っていった。

 ミキは健が見えなくなるまで手を振って見送り、姿が見えなくなると「やったー!」と両手を上げて喜んだ。
 あまりの嬉しさにスマホを取り出し、チアのメンバーにメッセージを送る。

『次にツーショットデート誘われるかも! みんなのおかげ。本当にありがとう!』

 すると「おめでとう!」と返信が来たと同時にメンバーがテニスコートに集まってきた。
「みんな本当にありがとう!」
 全員でハイタッチをして、喜びをわかちあった。

「ところで、どうしてジャスミンが抜けてたの?」
 ミキは怪訝そうな顔で部員に尋ねた。

「実は……。怪我しちゃって」
「怪我?」
「練習中にね。でも、チアで怪我ってよくあることじゃん」
「大会は間に合うの?」
「間に合わせるよ」
「でも、さっきのジャンプは高さが足りなかったし、リズムも悪かった」
「もっと練習するから大丈夫」
「でも……。ワタシ、戻るよ」
「ダメ! それはダメ」
「どうして?」
「せっかくデートができるチャンスなんだし、ものにしないと」
「でも、大会はもうすぐだし」
「大丈夫。みんなでがんばるから」
 ミキは手を握られてじっと見つめられると、それ以上何も言えなかった。






 家庭科室の入り口には「あかぎ食堂」の暖簾がかかっている。
 健は暖簾をくぐると「いらっしゃい」と元気な声で、伊香保が赤いエプロンをして立っていた。
「さぁ、座って」
 健は案内されるがまま、椅子に座ると、目の前に水の入ったコップが置かれた。

「健、何にする?」
 伊香保からメニュー表を渡されると、大きく『ソースカツ丼』と書かれている。
「じゃあ、ソースカツ丼」
「はいよー」
 伊香保は腕まくりをして、ガスコンロに火を付ける。

「ねぇ、メニューってソースカツ丼だけ?」
「そうよ。時間の関係でそれ以外のメニューは作れないの。私の実家に来た時にはたくさんご馳走してあげるから。それまで待っててね」
 伊香保は豚肉に衣をまぶし暖まった油にひたし、もう一方のコンロでソースを煮込む。その間にトントンと小気味よくキャベツを千切りにして、カツが揚がったところでソースとあえる。大きなどんぶりにご飯をよそい、キャベツをしいてソースに和えたカツを乗せ、ソースカツ丼は完成した。

「おまちどうさま」
 ドンと目の前に置かれ、健は「美味しそう」と、まじまじとソースカツ丼を見つめる。
「あったかいうちに食べて」
「わかった。いただきます」
 健は箸を取り、ソースカツ丼を食べ始めた。

「美味い」
「とーぜん。だってお店で出してるのと同じ味だもの。美味しいに決まってるじゃない」
 伊香保はニコニコしながら食べる健を見つめている。健はガツガツと食べすすめ、すぐにどんぶりは空になった。

「ごちそうさまでした。本当においしかったです」
 伊香保は健をじっと見つめると、右手を出した。
「680円になります」
「あっ、サイフは部屋に置いてきちゃった」
 健は苦笑して、わざとらしくポケットを探りながら言った。
「しょうがないな。今日はつけておくから。ねぇ、ほんとに美味しかった?」
 伊香保はもう一度、じっと見つめる。
「美味しかったよ」
 健は満面の笑顔で言った。

「ありがとう。でも、なんか照れるね。あっ、お茶飲む?」
「うん」
 伊香保は急須でお茶を入れ、健の前に置いた。

「自分の作った料理を美味しそうに食べてくれるのって、いいね」
「美味しいものを食べるほうも悪くないよ」
「健にはもっとたくさん美味しいものを作って、食べさせてあげたいな」
 健は頷いて、お茶をすすった。

「バチェラー、お時間です」
「あー、もういいところでバンザイ先生きちゃった」
 バンザイ先生は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、またね」
 伊香保はお店の暖簾を右手で押さえ左手を振りながら見送った。





 音楽室には『CLUB HIKARI』と書かれた張り紙が貼ってある。
 健がドアを開けると部屋は真っ暗で恐る恐る歩みを進めると、重低音のドラム音が鳴り出し心臓が震える感覚がする。
「ウェルカーム、アワーパーリィ」
 ヒカリの掛け声で音楽のボリュームが上がり、天井に吊るされたミラーボールが周りだし、音楽室がキラキラと光りだした。

「カモン、たけるん!」
 部屋の中央ではヒカリがヘッドホンを片耳に当てて、健を見て手招きをする。
 健は音楽室の中央に歩み寄る。

「さぁ、上げていくよーーー!!!」
 ヒカリは右手を上げて上下に振る。

「hey、yo! 音楽室で作るパーティ。タケルとヒカリで過ごす楽しい、痺れる夜をあげるからステイ、テンションもっとあげるからsay。ローズをくれる君はプリンス、私は絶対ラストプリンセス。嫌なことぜんぶわすれちゃって、二人だけだから全部さらけだしちゃって。楽しい人みな手をあげて、楽しみたい人手をあげて、いくよ、せーのー、スクリーム! FU―!」
 大音量の音楽を止めないままヒカリはヘッドホンを置くと、健の横にかけていく。

「……しんでる?」
「え?」
「たのしんでる?」
「もちろん」
 音楽室から鳴り止まない大音響では耳元で大声を出してやっと声が聞こえた。

「たけるんはクラブ行ったことある?」
「ないよ」
「未成年でもいける日中のイベントもあるし、私も月一で回してるから、今度来てよ」
 健はうなずいた。

「大音量で音楽聴いて体揺らしていると嫌な事を忘れられるからクラブは好き」
 ヒカリは音に合わせて体を揺らしている。
「こんな世界があるなんて知らなかった」

「じゃあ、早いけど最後の曲いくね」
 ヒカリはDJブーズに戻りヘッドホンに耳を当て、マイクを握った。
「最後の曲は私の大好きな曲をユーロビートにリミックスしてきたの。聞いて! 『私を好きになってくれませんか』」
 最後の音楽は片思いの女の子の気持ちを歌った、ポップなバラードをユーロビート調にリミックスされていて、健はノリノリで体を揺らした。

「今日は来てくれて、本当にありがとう。また、明日ね。ローズ待ってるよ!」
 ヒカリはDJブースで右手を大きく振り、最後に投げキッスをした。




 
「たけちゃん、こっち」
 みらいはプールサイドで座って手を振っている。健は駆け寄り、隣に座った。

「バチェラーはどう? 運命の人は見つかりそう?」
「うん……」
「たけちゃんがバチェラーに参加した理由って何?」
「本当の愛を探すため、かな」
「それは建前だよね。わたしに会いにきてくれたのかなぁって思ってたのだけど?」
「まぁ、そう、かな」
 みらいは健の顔を覗き込む。
「他に好きな人ができた?」
 健はだまってうつむいている。
「わたしの前じゃ言えないよね。それに、みんな可愛いし、性格も良いし。魅力的な女の子ばかり。誰を好きになってもおかしくないもの」
 みらいは健をみつめた。

「ねぇ、たけちゃん、手を繋ごう」
 みらいは右手を伸ばし、健の左手を握った。
「健、みらい、誕生」
 そう言って、みらいが一歩進み、健も合わせて一歩進む。

「同じ病院。同じ病室で過ごす」
 また一歩進む。

「二人のお母さんは同じ部屋だったので仲良くなる」
 また一歩進む。

「同じ幼稚園に入園。お母さん達が仲良しだったので、わたしたちも仲良くなって、幼稚園でも、休みの日でもずっと一緒にいる」
 みらいは健をひっぱりプールサイドを走る。

「二人で過ごした毎日はすっごく、すっごく楽しかった!」
 みらいはゆっくりと足を止めて、手を離した。

「卒園。そのときにたけちゃんはこう言いました。はい、どうぞ」
 みらいの手はマイクを握る仕草で、健に向ける。
「えっ?」
「わたしに言ったこと、忘れちゃった?」
「覚えてるけど、言わなきゃダメ?」
「もう一回聞きたいな」
 健は空を見上げる。
「ちょっと、待ってね」
 健は大きく深呼吸をした。
「大きくなったら……」
「なったら?」
「結婚しよう」
「からの?」
「からの!?」
「わたしの名前を呼んでくれたでしょ?」
「みらい」
「ちがう。その時はみらいなんて呼んでない」
「みーちゃん」
「きゃー、照れる」
「なんだよ。自分が言わせたんだろ?」
「それでも、やっぱり照れるよ。みーちゃんなんて絶対人前で言わないでね」
「じゃあ、たけちゃんもな」
「たけちゃんはヤダ。いまさら変えられない」
「しょうがないな。じゃあ、たけちゃんでいいよ。みーちゃん」
「だーかーら、みーちゃんはやめて」
 二人はみつめあって笑った。

「手、繋ぐよ」
 二人は再び手を繋いで前を向く。

「健、みらい、同じ小学校に入学。ずっと同じクラスだったね。運動会、音楽会、遠足、修学旅行。ずっと一緒だった」
 みらいは、健の手を取り社交ダンスのように前に進んだり、横に進んだり、くるくるまわる。
「え? これは何?」
「わたしの気持ちを表現してるの。毎日がすごく楽しかったって事」
 みらいの口ずさむ歌が終わると、手を離した。

「でも、卒業式でバイバイ」
 みらいは右に一歩離れた。

「中学校に入学してから、たけちゃんの存在がすごく貴重だったことを知る」
 二人は別々に歩いていく。

「中学校ではいろいろあった。でも、クルージングデートで話をしたから、省略するね」
 みらいが健のもとに駆け寄った。

「プライム高校入学。みらいはたけちゃんを初めて見かけた時、驚いて隠れる」
 みらいは半歩だけ健に近づいた。

「健はみーちゃんを見ても話しかける事ができない。そして、健はバチェラーに参加」
「みらいもバチェラーに参加し、たけちゃんと再会を果たす。そして、クルージングデートをして距離が縮まる。二回目のデートはプールで待ち合わせをする。いまここ」
「みーはやっぱりたけちゃんの事が好き」
 みらいは手を離して、ぴょんと一歩前へ飛んだ。
「たけちゃんもきっとまた好きになる」
 みらいは振り返り、手を差し伸べる。
「たけちゃん、来て」
 健は少し考えて、半歩だけ前に進んだ。その距離を埋めるべく、みらいは半歩戻った。
「これでまた手をつないで、一緒に歩けるね」
「みーちゃん、これで良いのかな」
「これで良いんだよ。たけちゃん」
 みらいは笑顔で健にハグをした。





 翌朝、朝食を終えた六人はリビングに集まっていた。すでにカメラは回っている。
「みんな、昨日のデートはどうだったの?」
 最初に口を開いたのは、みらいだった。

「音楽室でDJやって、テンションぶち上げてきた。たけるんは私のDJで痺れまくり」
 ヒカリがウインクをして答える。

「あたしは、家庭科室でご飯作ってあげて、健の胃袋を掴んできた」
 伊香保が何かを掴む仕草をした。

「ワタシは、一緒にテニスしてタケルの好きなところを言って、ワタシのいいところもいっぱい言ってもらった」
 ミキが上機嫌に言った。

「いいなー、わたしもデートしたかったなぁ」
 苺がつぶやく。

「今日もデートがあるはずだよ」
 ヒカリが苺に言う。

「ローズセレモニーもね」
 みらいが独り言のようにつぶやく。

「私、デートに呼ばれなかったら、結構やばいかも」
 美園がソワソワし始める。そして、バンザイ先生が入ってきた。「あー」「おー」と歓声があがった。

「本日もバチェラーから手紙を預かっています。先日はさまざまなおもてなしをされて、バチェラーも大変喜んでおられました。そして、ミキさん。こちらを読んでいただけますか?」
「ワタシ!? あっ、そっか」
「なによ、あっ、そっかって」
 伊香保がすかさずツッコミを入れる。
「ワタシ、心当たりがあるから。ごめんね、伊香保」
「ふん。なによ、心当たりって」
「ひ・み・つ」
 ミキが言うと、伊香保はぷいっと顔を背けた。



「先日のテニスデートはすごく楽しかったです。そのお礼がしたいので、ヘリポートで待っています。ヘリ!?」



「ヘリコプターいいなー。乗ってみたーい」
 と、苺が呟き、

「またツーショットに呼ばれなかったよ」
 と、ヒカリが嘆く。

「今日はもうデートがないから、私もうダメかも」
 美園は頭を抱えた。

「じゃあ、行ってきます」
 ミキはみんなに笑顔で手を振り、リビングを出ていった。
 
 ミキは部屋でデートの支度を始めた。ヘリポートに行くということは風が強そうだからと、スカートからパンツスタイルに着替え、髪の毛も乱れにくいように後ろで結んだ。全身鏡の前にもう一度立ち、服装がおかしくないかを確認し、顔を近づけメイクをチェックする。
「ちゃんと言わないと。それに、最後まで笑顔でいなきゃね」
 ミキは笑顔を作ってから、鏡に映った自分に向けて言った。





 ヘリポートには車で送ってもらい、車を降りるとヘリコプターの前で健が待っていた。
「ようこそ、空の旅へ」
 ミキと健は二人で並びヘリコプターに乗るとすぐにプロペラの轟音がなり、ふわりと地面を離れた。

「タケル、手を握ってもいい?」
「いいよ。怖い?」
「うん、少し。でも、ワクワクする」
 ヘリコプターはどんどん高度を上げていく。ミキは健の手を強く握った。ヘリは上昇を終えるとミキは握る手の力を抜いた。

「あっ、スカイツリーじゃない?」
「本当だ」
 ヘリコプターの窓から下を覗くと、銀色に輝くスカイツリーが見えた。

「東京タワーも見える。あっちはお台場も、もしかしてあっちは夢の国じゃない?」
 首都圏の煌めく夜景を一望するのにあまり時間はかからなかった。
「ヘリコプターに乗るのは生まれて初めて。ありがとうタケル」
「こちらこそありがとう。テニスデートはすごく楽しかったからそのお礼。一緒に体を動かせて楽しかったし、お互いの好きなところを言い合えたし、それに、ミキの友達から応援してもらって、この旅を頑張ろうって元気が出たよ。ちょっとだけ窓の外見てくれる?」
 健に言われて、ヘリコプターの窓から下を見るとちょうど花火が上がった。花火の形は丸いものから、星形のもの、そして、ハート型の花火も次々と上がっていく。
「きれい……」
 健がミキを見ると、涙を流していた。

「どうしたの?」
「ごめん、ちょっと。か、感動しちゃって」
 健はそっとハンカチを差し出すと、ミキはハンカチを受け取り涙を拭った。
「だって、生まれて初めてヘリに乗って、綺麗な夜景を上から見て、花火もあがっちゃってさ。こんなこと一生に一度しかない。嬉しくて涙が出ちゃった」
「ミキ、渡したいものがあるんだ」
 健が目の前に飾ってある一輪のローズに手を伸ばそうとすると、
「タケル、待って」と言って、健の手を握った。



「降りたら話したい事があるんだ」



 花火が終わり、ヘリコプターはヘリポートに戻ってきた。健とミキは操縦士に「ありがとうございました」と言って降り、ヘリポートからお台場の公園に向かった。ぼんやりと照らされた海辺をどちらからともなく手を繋いで、ゆっくりと歩く。
「座って話がしたい。タケルに聞いてほしいことがあるの」
 二人がけのベンチを見つけ、腰を下ろす。

「ワタシね、両親はもういないんだ。アメリカにいた頃に事故で亡くなっちゃって、それ以来、日本でおじいちゃんとおばあちゃんに育ててもらってる。お化け屋敷の時に話したと思うけど、おばあちゃんはICUの看護師長でワタシの目標。すごく厳しいけど、いつも優しい。ワタシが悲しい顔をしている時には必ず言われる言葉がある。『辛い時こそ笑顔でいなさい。そうすれば必ず道は開けるから』。だからね、いつも笑顔でいることにしたの。辛くても、嫌なことされても、それでも笑顔でいたら、たいていのことは乗り切れた。それに笑顔で楽しそうにしていたら友達がたくさん増えていった。ワタシがいつも笑顔でいるのはこういう理由なの。それとね、もう一つワタシの人生で最高の出会いはチアリーダー。中三の時、学園祭でチアをみて、かっこいいなぁって思った。みんなで何かをやるのも素敵だなぁって思って入部したの。華やかそうに見えるけど、実際やってみたら体中あざだらけになるし、トレーニングはきついし、辛いことも多いんだけど、みんなで演技を完成させた時の達成感はすごいし、チアで応援した人たちが活躍してくれるのを見ると逆に元気をもらえた。だから、チアにもすごく感謝してる」
 ミキは下を向いたままで話を続ける。

「それと、タケルにも感謝してる」
 ミキは視線を健に移すと、笑顔を見せた。

「バチェラーに参加した時は、タケルの事をこんなに好きになるとは思わなかった。もちろん最初から素敵な人だなぁって思っていたよ。誰にでも優しいし、いつも笑顔だし、背が高いし、かっこいいし、勉強できるし、スポーツもできるし。こんな人と一緒にいられたら、ワタシも自然に笑顔でいられるんだろうなぁって思った。タケルと二人でいると安心した気持ちになる。これが本当の好きって気持ちだと思う。それを見つけることができた。ありがとう」
 健はミキをみてうなずいた。

「ミキ、いろいろ話をしてくれてありがとう。ちょっとだけ待っていてくれる?」
 健は裏からレザーのケースを手に戻ってきた。それを開けると一本のローズが入っていた。
「これからもミキと一緒に旅を続けたい。だから、ローズを受け取ってくれませんか?」
 健はローズを手に取り、ミキに差し出す。




「ごめんなさい」



 ミキは深々と頭を下げた。
「どうして?」
「あの、一度カメラを止めてもらえませんか?」
 ミキはあたりを見回し、カメラを持つ佐久間先生に目配せをするとカメラを止めて、佐久間先生が駆け寄ってきた。

「どうした?」
「ここからは放送しないで欲しいんです。いまから、理由を話します」
 佐久間先生はカメラを止めてミキを見つめる。

「実は、チアのメンバーの一人が練習中に怪我しちゃったの」
「えっ!?」
「だから、この前のデートの時にはメンバーが変わっていて、演技もダメだった。本当はもっと高くジャンプするし、二つの演目がカットされてた。やっぱりあの子はチアの中心だから抜けちゃうと、全部ダメになっちゃう。このまま大会に出てもひどい演技しかできない。あの子の穴を埋めるには、ワタシが戻らなきゃいけない。だから、ここでさよならしようと思う」
 ミキは健から佐久間先生に視線を向けた。

「カメラを止めてもらったのは、ワタシの魅力不足で落ちたことにして欲しいんです。あの子の怪我でワタシが帰ったと思わせたくない。きっと気にしちゃうから」
 佐久間先生は黙ってミキを見つめている。

「タケルの気持ちは涙が出るくらい嬉しい。だけど、今のワタシには答えられない」
 ミキは頭を下げた。

「こんな素敵な思い出は人生で初めて。これからもたぶん無いと思う。一生の思い出にする」
 ミキは健の目の前に立ち、両手を腰にあて、足は肩幅に開いた。

「タケルの旅がうまくいくようにエールを送ります! いくよ、みてて」
 健は頷く。



「T・A・K・E・R・U ! タケル! GO! FIGHT! WIN!」



 ミキは全力でエールを送った。健はミキとハイタッチすると、そのままミキを抱きしめた。
「ダメだよ、こんなことしちゃ」
「……」
「ワタシはタケルの旅が上手くいくように応援したよ。だから、タケルもワタシのことが好きだったら、ワタシのチアが上手くいくように応援して欲しい」
 健は何も言わずにミキを強く抱きしめる。

「ここでバイバイしよう。ワタシが先に帰るから、ここで見送って」
 ミキは無理やり健を引き離した。
 ミキは健を背にゆっくりと振り返らずに歩いていく。ミキの姿が少しずつ闇に消えていく。

「ミキ!」
 名前を呼んでも振り返らない。

「ミキー!」
 もう一度名前を叫ぶと、足が止まった。

「もう名前を呼ばないで!」
 ミキは振り返って叫んだ。そして、少しだけ走った後、もう一度振り返った。

「タケル! 大好きだったよ! バイバイ!」
 大きく手を振ったあと、ミキは走って闇に消えていった。





 リビングではミキ以外の女性が集まっていた。
「たけるんの本命はミキになっちゃったね」
 ヒカリがつぶやく。

「まだ、まだわからないから」
 伊香保が食い下がる。

「まだ一番じゃなくていいから、残りたい」
 美園が祈るように言った。

「たけるくんとデートしたいなぁ」
 苺がジュースをすすりながら言った。

「他の誰かと一緒に楽しく過ごしていると思うと、胸が苦しい」
 みらいは独り言のようにつぶやいた。

「あー、もうやめよ! こんな話してても暗くなるだけだよ」
 ヒカリが「やめやめ」と言って手を左右に振った。

「そうね。考えたって仕方がないし、セレモニーで結果が出るのを待ちましょう」
 伊香保がまとめると、全員頷いた。





「それでは二回目のローズセレモニーを開始いたします。ローズは五本。ローズを受け取れなかった女性はこの場を去る事になります。よろしいですね?」
 バンザイ先生の言葉に会場にいる六人の女性が頷いた。

「それではバチェラー、ローズをお渡しする女性の名前をお呼びください」
 健は全員の顔を見渡してから、一人ずつ名前を読み上げていった。
 そして、最後に名前を呼ばれずに残ったのは、舞浜ミキだった。

「どうして?」
 ヒカリが呟いた。

「それではミキさん、みなさんとバチェラーに最後の挨拶を」
 ミキは顔を上げて残った五人の顔を見ていく。

「ヒカリ、泣かないで」
「だって、だってさ。ねぇ、どうして? ミキが落ちるなんておかしいよ」
「おかしくない。仕方がない事なの」
 ミキが正面からヒカリを抱きしめる。ヒカリは泣き止む気配はない。

「ヒカリ。今度、一緒に服を買いに行こう。ヒカリが私の服を選んでほしい」
「うん、うん。ちょー可愛くするから、楽しみにしておいて」
 今度はヒカリがミキを強く抱きしめると、ミキはヒカリの涙を拭った。

「みんなも今までありがとう。これからも友達でいてね」
 ミキが言うと、苺や伊香保、美園も目に涙を浮かべた。一呼吸を置いて、ミキが健の方向に向き直す。

「タケル、本当にありがとう。今まですっごく楽しかった。ちょっと待って。なんでタケルが泣いてるの?」
「ごめん」
「ほら、笑顔だよ。みんなみてるから」
 ミキは借りていたハンカチで涙を拭って、そのまま健の手に握らせ笑顔を見せた。

「最高の恋ができるように、素敵な人と一緒になれるように、全力で応援してる」
「ありがとう」
 涙声で健は答えた。

「じゃあ、最後にいくよ。みんなにエールを送ります!」
 ミキはいつものポーズをとる。



「みんな! 頑張れ! GO! FIGHT! WIN! バイバイ。応援してるからね!」



 チアリーダーが去るように、小走りでレッドカーペットを走って去っていった。
 ミキが去ったのを確認すると、バンザイ先生が一歩前に出てきて言った。

「これからは、この五人は旅に出ることになります。そして、次の行き先は沖縄です」