早瀬(はやせ) 果歩(かほ)、二十五歳。

 やや低めの身長、背中にさらりと落ちるこげ茶のロングヘア、たれ気味の優しい目元の果歩は、ごく普通の会社員。

 まだ勤めはじめてほんの数年で、お給料だって多くない仕事に就いているのに、一週間近く前、果歩が海外旅行に向かったのには、ある理由があった。

 大学時代から付き合って、もう六年近くの交際になろうとしていた元カレに、一ヵ月ほど前、手ひどく捨てられたのがそのきっかけだった。

 付き合いはじめた頃や、はじめの数年こそ、きっと心から果歩を好きでいてくれただろう。

 でもここ一年ほどはわからなかった。

 大学を出て、それぞれ社会人になって、職場はお互い都内だったけれど、場所は離れていたから、毎日のように会うとはいかなくなった。

 その遠くなった距離や、会う頻度が落ちたことも手伝っていたのだろう。

 果歩がある日、元カレを訪ねていって、家の前に着いて入ろうとしたとき、彼は若い女性……果歩よりさらに若い女性、学生にしか見えないような子と腕を組んで帰ってきたのだ。

 そこからはもう、定番の修羅場であった……と言いたいところだが、果歩はなんとなく、すっと心が引いてしまうのを感じて、奇妙なまでに冷静になってしまった。

 むしろ慌てたのは元カレで、この子はただの後輩だとか、酔ってしまったから腕を貸してあげたんだとか、つまらない言い訳をしていたけれど、果歩はもう全部わかっていた。

 自分と会ってくれないのも、連絡すらなかなか返さなくなったのも、これが理由。

 ポケットから合鍵を取り出した。

 それをぐいっと元カレに突き出して、言い渡してきたのだ。

「もう連絡しないで」

 その言葉でおしまいになった。