「航、すぐ寝ちゃったな」

 静かに寝室を出てから、翔が小さな声で言った。

 二人でリビングに戻りながら、何気ない話をする。

「そうだね、パパが帰ってきて安心したのかも」

「そうだと嬉しいな」

 果歩の言葉に、翔は少しはにかんだように笑った。

 その顔はまさに『パパ』で、果歩の胸だってあたたかくしてくる。

「お茶を淹れるね」

 航もすんなり寝たし、翔が帰ってきてからはずっとはしゃぎっぱなしだったから、今夜はぐっすりだろう。

 少しゆっくりできるかな、と思って果歩はキッチンへ向かおうとした。

「果歩」

 しかしそこで、翔のやわらかな声が果歩の体を包んだ。

 ふわりとソフトに背中から抱きしめられてしまう。

 やわらかな声は、愛おしそうに果歩の名前を呼んでくる。

 その声と、抱きしめられた腕と、伝わってくる体温に、果歩は急にどきどきしてきた。

 今の翔は、パパである以上に、自分の夫であるひとなのだ。

 そう実感して、胸が喜びに高鳴ってくる。

「ごめんな、寂しい思い、してないか?」

 ぎゅっと果歩を抱きしめた翔の腕は、力強いのにとても優しい。

 ちょっと切なそうに言われたそれに、果歩はそっとその腕に手を乗せた。

「ううん、大丈夫だよ。航がいると、航を通して翔さんを感じられるの。だから、まったく寂しくないとは言えないけど、辛くなんてないよ」

 自分の気持ちを素直に話す。

 まったく寂しくないわけがない。

 それは愛したひとが近くにいないのだから、どうしたってそうだ。

 でも寂しくて苦しかったり、辛かったりする気持ちはなにもない。