ーー私は夏菜子お嬢様が幼少のみぎりからお仕えしてきました。その立場にも関わらず、私は夏菜子様に思いを寄せていました。
…ええ、悟られずに一生隠しておこうと誓いました。
お嬢様は勉強も習い事も巧みにこなし、社交界でも誰もが見惚れるような淑女に成長なさいました。初めて社交界に顔を出し、大成功した夜に見せてくださったあの嬉しそうな顔を、今でもよく覚えています。

夏菜子様が結婚なさってからも、婚家の方々と幸せに暮らすものだと信じておりました。問題が起こっても、あの方なら上手くやるだろうと。
…私の考えが甘かった。あの水流井の家は、夏菜子様を奴隷のように扱いました。家事は全て夏菜子様に押しつけ、理不尽な言いがかりをつける。事あるごとに跡取りが生まれないのは嫁の責 任だと難癖をーーいえ、もうやめておきましょう。
...虫ケラのほうがずっとマシな生活を送れた だろうーーそう思うくらいに酷い扱いでした。 私は夏菜子様に請われついていったものの、水流井に引き離されてしまいました。遠目でしか夏菜子様のお姿が見られず、勇気づけることもできない。いっそ水流井の目を盗み、連れて逃げ出そうと何度も考えました。

ですが夏菜子様は自身が何事も至らないからだとお考えになり、寝る間も惜しんで努力を重ねておりました。...どんな努力をしても、水流井は認めたりしませんでしたが...。
ですが妊娠が発覚して、夏菜子様がどれほど喜ばれたことか! 「これでやっと水流井の役に立てる」と仰っていたのですが...菜乃花様がお生まれになって、もう、気持ちが...。

...いえ、最後まで話させていただきたい。そうしなくてはならないんです。
夏菜子様は実家に引き取られましたが、私は残るようにと水流井から言われました。あの家で働くうちに、水流井の内情をある程度知ってしまった私を、手放せなくなってしまったのでしょう。
私は大人しく従いましたが、この時に彼らへの復讐を誓ったのです。
では具体的に何をするか?
水流井が最も大切にしているものーー呉服屋を奪えば良い。
だがどう奪うのか?
経営方針に不満を持つ従業員たちを焚き付け、倒産するよう誘導すれば良い。
そう考えて私は秘密裏に内部調査を進め、証拠や意見を集めました。二十年くらいかけて信頼を得ながらでしたので遅々としたものでしたが、着実に情報は集まってきました。

...水流井は実にひどいものでした。先祖の功績に胡座をかいているだけなんですから。これは私が復讐するまでもなく倒産しそうだと思いはじめた頃に、笹ヶ谷様の見合い話を知ったのです。
私は水流井に、娘を探し出して笹ヶ谷様に差し出すよう吹き込みました。ほぼ他人のような娘と交換で大金が手に入ると唆したのです。
...もちろんそんな都合の良い話はありません。笹ヶ谷様は水流井の店を難無く買収してしまうだろうと考えてのことです。

お嬢様......私は、あなたをーーー復讐の道具として利用したのです。

あの時あなたを励ましたのも、私の復讐が失敗するのを避けるためです。私は我欲のために、被害者であるあなたを園島さんから離して、無理に結婚させようとした...元凶なんです。