ホームパーティーの準備は着々と進んでいった。
母は料理、父はウェルカムボード、掃除だの食器の用意だの細々した仕事は家政婦や執事たちに。そしてテーブルフラワーは菜乃花さんに託された。私は津江崎夫妻を会場へお連れする役割だが、菜乃花さんのサポートも買ってでた。と言っても菜乃花さんが予め作成した資料を確認し、パーティーに合うか合わないかを判断するくらいだが。

先に部屋で待っていた菜乃花さんから資料を見せてもらった。秋の花々の写真と、それぞれをどのように飾り、演出するかを図入りでまとめていて、非常にわかりやすかい。造花も視野に入れ、造花専門店までリストアップしているのは恐れいった。

「ありがとう…すごいな、全部あなたが?」
「いえ、うちの庭師に話を聞いてーー」

庭師ーーー秋永 雅樹さんか。草花を愛する彼女にとっては話しやすい相手だろう。今回の資料を作る際は、仲良く談笑しながら作ったのだろうか。楽しそうに提案する菜乃花さんと、嬉しそうにアドバイスする彼。容易に想像がついて、何故私は和やかに菜乃花さんと相談できないのだろう、これでは上司と部下ではないかと気持ちが陰った。

「あの、申し訳…ありません」

突然、菜乃花さんが震える声で謝罪した。恐怖で縮こまる小動物のような声に、私はまたやらかしたのだと悟った。

「申し訳ない。謝罪しなくてはいけないのは私のほうです」
「いえその、私、浅慮で」
「とんでもない、こんな素晴らしい資料を用意していただいたのに」

勝手に嫉妬して湿っぽい考え方になって、菜乃花さんに謝罪させるとは情けない。婚約者は私なのだから、もっと堂々としていればいいんだ。資料やリストをざっと確認しながら、そう考えて心を落ち着かせた。

「この資料を一度、預からせてくれませんか?」
「っ、はい、どうぞ」

良い資料とリストだ。両親に見せればすぐ了承を得られるだろう。菜乃花さんがちょっと落胆していて気ににかかったが、両親からの許可をすぐ伝えれば大丈夫だろう。

「では食器やクロスを一緒に確認しましょう」
「ええ」

当日に使用する食器やクロスだけでなく、インテリアや照明も一緒に確認した。少しでもパーティーの雰囲気を想像しやすくするため、実際にクロスを敷いて食器やグラスを置いてみたりしたが、菜乃花さんとは視線を合わせないようにひたすら配慮していた。…そうすれば、少なくとも怯えられる心配はないだろう。

テーブルフラワーの構想はすぐに形となって、菜乃花さんには「これでいきましょう」と伝えた。秋の花の代表格とされるダリアやリンドウの美しさを前面に出したラウンド型だ。王道の中の王道だが、婚約披露に変化球を出すより印象は良いだろう。
それと、変な花言葉がついていると困るのでそこも調べた。そこで花にもそれぞれ物語があるのだと知り、“菜の花”にはどんな物語や花言葉があるのだろうかとふと気になって、インターネットで検索してみた。

花言葉は『快活』『明るさ』『小さな幸せ』ーーしかしこれは黄色の花言葉で、白や紫にはまた別の花言葉があるという。
万葉集でもこの花について詠われていたり、童謡にもこの花に言及した一節があったりと、昔から愛されていた花だ。
かの茶人・千利休が愛した花でもある。“利休忌”と呼ばれる千利休を偲ぶ行事は“菜の花忌”とも呼ばれ、菜の花を飾って茶を立てるのだとか。

ダリアやリンドウにも物語があった。
ダリアはナポレオンの妻・ジョセフィーヌが愛した花で、リンドウは、兎が主人のために薬としてその根を掘って持ち帰ったという。
もっと調べれば、様々な花の、色々な物語が見つかるのだろう。空いた時間を使って勉強し、菜乃花さんと会話が弾む日がいつか来ればいい。

会社でのトラブルを速攻で片付け、津江崎夫妻を迎えに行った先で、偶然にも帰ってきていた京にそう話した。

「妬けちゃうわね、そんなことを言われるなんて」
「そういうことだから、君の気持ちには応えられない…」
「流石にそう言われたら諦めるわよ」

少し離れたところでは、津江崎夫妻が両親に連絡している。京を連れていっても大丈夫か確認しているのだろう。京がこの様子なら大丈夫そうだが。

「それにね、私…留学先で同棲している人がいるの」
「!…本当か?」
「嘘ついてどうするの」

京は「まだパパにもママにも話してないんだけどね」と、記憶と変わらない明るい笑顔で話してくれた。留学先での運命的な出会いに、京が私を安心させるために嘘をついているのではないことを理解した。

「そうか…今は、幸せか?」
「もちろん!」

ちょうど電話を終えたらしい津江崎夫妻がこちらにやってきて、私は運転手に車を回すよう指示を出した。

パーティーは終始和やかな空気に包まれていた。いや、そうでもないか。あの水流井は、私が下戸であるとつい口を滑らせてしまったら、頬に冷笑を浮かべていた。ーー愛想もない酒も飲めない、笹ヶ谷はこいつの代で仕舞いだなーーおおよそそんなことを考えているんだろう。
終わりなのはお前らのほうだ。そう思うことで気を紛らわせ、菜乃花さんや京を盗み見た。上手くやっているようでホッとしたが、菜乃花さんの心中は定かではない。後からフォローを入れておこう。

水流井が父や津江崎夫妻と別室へと移動したのを横目に、私は菜乃花さんへの思いを母と京に語った。自身の、今までの結婚観を振り返ると、京には本当に申し訳ないことをしてしまった。彼女の好意を利用、もとい、無下にするようなものだ。この場で殴られたり縁を切られてもおかしくない。

しかし彼女は私を許してくれた。相思相愛の相手がいるのと、これから両親に事実婚について話しておかなくてはいけないのが重要事項となっているらしい。
…それでも目は潤んでいた。こんなことを言える立場ではないけれど、どうか幸せになってもらいたい。

パーティーは大成功のうちに終わった。後は水流井呉服店を買収するだけだ。向こうの裏帳簿は手に入れたし、何人かはこちらの手先として引き入れている。もう王手をかけても良い頃合いだ。

この時、私は呑気にも、菜乃花さんとの新婚生活を夢見ていたのだ。