ホームパーティーの会場は、あの見合いの時に使ったタワマンだった。だけど、別に自宅というわけでもないそうで、自宅はシンガポールにあるのだと聞いている。それを聞いてやはりとんでもないセレブだと驚くと同時に、結婚したらそっちで暮らすことになるんだろうかと、いくらか不安が過ぎってしまった。
下手すると母さんに全く会えなくなるんじゃないか。そう思ってせめて一目だけでも会わせてくれと実父にせがんだが、のらりくらりとかわされまだ会えていない。写真は見せてもらえた。半年近く前に会った時より顔色は良いけど、なんとも言えない複雑そうな表情で、口元だけを不器用に微笑ませていた。

母さんに知らせているんだとこの写真で理解した。そっちのほうが面倒にならないと思ったんだろう。自分のために娘が身売りしたなんて、受け入れられる人はそういない。でももう自分が手を出せないところに行ってしまった。私が逆の立場なら、下手には動けないだろう。そう考えて、会うのはいったん諦めた。
写真は自室の引き出しの奥に閉まっておいた。何かあったら、この写真を見て気持ちを奮い立たせようと思ったからだ。いつでも見られる場所に置けば、母さんに会いたい気持ちできっと押しつぶされてしまう。
今日だって気合いを入れるために母さんの写真を見てから会議に臨んだ。そうだ、これは作戦会議。目的はパーティーの成功、目標は婚約者として周囲の人たちに認められること。
そのために雅樹さんにアドバイスをもらって秋の花のリストを作成してもってきている。パーティーの雰囲気はもちろん、部屋全体や料理に合った花を選ぶために。
造花も視野に入れて話そうと思い、造花専門店もリストアップしている。何度も確認したし、大丈夫、大丈夫。

お手伝いさんに通されて、あの時とはまた違った緊張で心臓をバクバクさせながら笹ヶ谷さんを待つ。忙しい人なんだから、この会議で決めなくては。そう何度も手間をとらせてはいけない。
まず始めになんと切り出そうか、と考えているうちに、笹ヶ谷さんは到着したらしい。お手伝いさんの控えめなノックの音が響いた。

「どうぞ」

私が声をかけると、ドアが開いて笹ヶ谷さんが入ってきた。相変わらずむっつりとした顔だが、今はもう怖くない。あの泥酔事件が強烈すぎて、むしろ本当の性格はあれで、御曹司なんて立場だからいつも気を張って弱みを見せないようにしているとか、そんなことを思ってしまう。
あの後、素面に戻った笹ヶ谷さんはこちらが恐縮してしまうくらい謝罪してくれた。幼稚で無礼な振る舞いだと言っていたが、普段からあのくらいの緩さだったらかわいいのに、と思う。絶対に言わなかったけど。
こうして会うのはあの泥酔事件以来だからなんとなく気恥ずかしくて、挨拶もそこそこにすぐ本題に入ってしまった。

「こちら、リストや資料を作ってきましたので、どうぞご確認ください」
「ありがとう…すごいな、全部あなたが?」
「いえ、うちの庭師に話を聞いてーー」

言葉がつかえて出なかった。般若が再来したからだ。
そうか、そもそも雅樹さんは失態を犯す原因となった人。その人に手伝ってもらって作りました、というのは良い気持ちはしないだろう。加えて、御曹司なわけだしプライドはそれなりに高いだろう。それを考慮せずにしれっとした顔している婚約者。

「あの、申し訳…ありません」

やっとの思いで()り出した謝罪は、情けなく震えていた。うん、これ火に油だわ。
般若は私ではなくリストと資料を見つめていたが、私の声に気付くと額の青筋を消した。

「申し訳ない。謝罪しなくてはいけないのは私のほうです」
「いえその、私、浅慮で」
「とんでもない、こんな素晴らしい資料を用意していただいたのに」

よく分からないが謝罪を受けた。“私のほう”ってどういうことか気になったけど、このままいったら謝罪合戦になりそうなのでここで終わらせることにした。もう怖くないとか言ったの誰だ。私か。
笹ヶ谷さんはリストと資料をパラパラめくっていたが、無表情でやっぱりよく分からないが、素晴らしいと言ってくれたのは社交辞令ではないと信じたい。

「この資料を一度、預からせてくれませんか?」
「っ、はい、どうぞ」

良い意味なのか、悪い意味なのか、判別できない。預かってどうするんだろうと思ったけど、両親に見せたりするんだろうなとすぐに気付いた。この会議だけで決められるくらい良い資料にできたと自負していた分、ちょっとしょんぼりしてしまう。

「では食器やクロスを一緒に確認しましょう」
「ええ」

でも気を取り直して、当日に使用する食器類やリネン類やら細々としたものを確認していった。このカラトリーやグラスと調和する花で、全体として考えると大きさはどのくらいか、花自体も大切だけど花瓶はどうするか、等々を考えるのは大変だけどすごく楽しかった。
…でも、笹ヶ谷さんはこちらと目も合わせてくれなかった。