この時間帯は、会社に向かうサラリーマンと幾人かの学生が多い。
「ねぇ春樹君?」
僕は反応を示さない。
「ねぇ春樹君!」
彼女はいかにも、怒っているぞという表情をしている。
「どうして怒っているの?」
「それは私のセリフだよ!春樹君が反応しないからだよ!」
またしても、視線を感じ大きくなりそうな声を抑えた。
「僕は電車は静かに景色を見たい派の人間なんだよ」
「でも反応ぐらいしてくれてもいいんじゃないの?」
「残念だけど、今は遠慮しておくよ。」
彼女は僕の心を見透かしたように、僕達が下りるまでの間一言も話さなかった。
僕は電車の窓に不意に映る、桜の花びらを数えていた。学校から家までは、電車の横を桜の木が並んでいる。
「次で降りるから、準備しといてね。」
「分かってますよ〜」
彼女は何故かテンションが高い。
僕は気になったので聞いてみた。
「どうしたの?何か良いことでもあったの?」
彼女はニヤニヤとしている。
「あれ〜?電車に乗るときは話さないんじゃなかったのかな?」
「それとこれとは、別問題だよ。」
「あははは〜」
「僕は君のそういう所が好きになれそうにないよ。」
「好きになられた覚えはありませんよ〜」
タイミングを見計らったかのように、電車のドアが開く。
「春樹君行くよ」
「まだ話は終わってないんだけど。」
彼女は足早にホームに向かう。電車から降りると
4月にしては肌寒い風が吹いている。
「早く帰るよ、春樹君!」
この子は何を急いでるのだろうか?と思ったが口には出さなかった。
駅から家までは、2分ぐらいの距離である。故に話をしながら帰るには、少し物足りない長さだろう。
だか例にならって僕達は話しながら、帰ることとなった。と、言うよりかは彼女から話しかけてきたという方が正確だろう。
「春樹君って好きな女の子とかいないの?」
「急に何を言いだすのかと思えば。いるわけ無いだろ」
「あら寂しい」
「それは今日2回目だよ」
「よく覚えてたね。偉いじゃん春樹」
「記憶力には自信があるからね。あと、なぜ呼び捨てなの?」
「いいじゃん。私、春樹って名前好きだよ。」
「どんな理屈だよ」
そんな会話をしていると、家に着いていた。
「じゃあ僕は今から用事があるから、ここでお別れだね。」
「仕方ないね。じゃあ明日も学校終わりにいつもの所に来てね。」
それだけ言うと、彼女は来た道を帰っていった。