入口から駆け出し、一気にソフィに詰め寄ろうとするエミール。
　その様子はどこかとても焦ってあり、ソフィのその異様な様子の彼に恐怖を覚えた。
　ジルはソフィを守るようにさっと前に一歩出て、険しい表情でエミールに視線を送る。


「君は僕のことが好きだ。やっぱり君しか考えられない！　結婚しよう」

　自らの都合で婚約を破棄したエミールの言葉はソフィにはもう少しも届かなかった。

「エミール。あなたとはもう婚約破棄したはずよ。私にはもうあなたを愛することなんてできないわ」

「ソフィっ！」

　追い詰められたエミールは、ソフィにつかみかかろうとする。
　しかし、ジルの力強い手がエミールの腕を掴んだ。

「彼女に触れるな」

「なんだお前は」

「ルノアール公爵が嫡男、ジル・ルノアールだ。君に今日の招待状を送ったのも僕だよ」

「え？」

　ソフィは驚いてジルの顔をみる。

（ジルがエミールを……？　どうして……？）

　ソフィは状況を掴めず、あたふたとする。
　ジルはエミールを掴んだ手を放し、会場をみやると、会場にいる皆に聞こえるように大声で語り始める。


「ジル・ルノアールは、ここにいるソフィ・ルヴェリエを婚約者とする！」


　会場中がざわめき、ジルとその隣にいるソフィへと視線が注がれる。

「え？」

　ソフィは状況が呑み込めず、ジルのほうを見つめると、ジルはぐっとソフィの肩を抱き前を向き直した。
　そしてエミールは焦りながら婚約宣言についてジルに抗議する。

「ソフィの婚約者はこの僕エミールだ！　でたらめを言うな！」

　その言葉を聞いて、ジルは冷たい表情でエミールを見下す。
　そこにはいつもソフィに向けるような温かく優しい表情はなかった。

「愚かにもこの男は侯爵令嬢との婚約を推し進めるため、ルヴェリエ伯爵令嬢との婚約を勝手な都合で破棄した」

「──っ！」

「調べはついている。それに侯爵令嬢にも勝手な思い込みで相手に婚約者がいるにも関わらずに婚約を宣言した」

「ち、ちがうっ！　それは知らなかったん……」

「知らなかったで済むのか？　ルヴェリエ伯爵令嬢が……ソフィがどれだけ傷ついたかお前にわかるか？」

「──っ！」

　髪をかきあげて目を細めると、うなだれるエミールにとどめを刺す。

「俺の大切なソフィを傷つけてタダで済むと思うなよ？」


　絶望の淵に立たされるエミールの前にルヴェリエ伯爵とエストレ子爵が近づく。

「エミール君お父上から聞いたよ、まさかそういうことだったなんてね」

「違うんです！　これには事情が……」

「我が息子が大変ご迷惑をおかけしました。この謝罪はすぐに必ずさせていただきます」

　エストレ子爵がルヴェリエ伯爵に対し、謝罪をしたあと、子爵はエミールのほうを向く。

「お前をエストレ家から勘当する。二度と敷居をまたぐことは許さん！！！」

　エストレ子爵の一言で全てを察したように膝をついてうなだれるエミールだった。