霊廟に戻ったローズマリーは、迷いなく石造りの作業台に向かった。
作業台には割れた大きな鏡が設置されており、彼女の身だしなみチェックに欠かせないアイテムとなっていた。
ちなみに、この作業台は墓場の誰かの墓石を材料に作られているという事実は、ローズマリーしか知らない罰当たり行為である。

鏡に向かい、全顔を覆っていたヴェールを恐る恐る外して顔を確認する。

「…ギャーッ!!」

顔の右半分が丸ごと無くなっていた。
かなりのショッキングな絵面に、ローズマリーも思わず悲鳴を上げてしまった。

幸い残骸は、咄嗟にドレスの裾を袋状に持って受け止めたため、全て手元に揃っている。
ローズマリーは何度か深呼吸し、それからまた脚の時のように、崩れた顔を治すべく捏ね始めた。

「…体がこんなになるほど動揺したこと、今までなかったわ…。」

胸がざわめく。朽ちたはずの心臓がドキドキと高鳴るようだ。

鮮やかな手捌きであっという間に顔を治したローズマリーはあることに気づく。
“右の目玉”が無いのだ。
再形成された眼窩には暗い空間がポッカリ空いている。恐らくさっき自壊した場所に落としてきたのだろう。

「……今更戻れないわ…。明日の夜、こっそり取りに行きましょ…。」

一日も経てば、彼はどこかよそへ行ってしまうだろう。何も心配することはない…。

そう自分に言い聞かせるローズマリーは無意識に、霊廟の隅にストックしていた藁束に手を伸ばしていた。

藁を編み込み、端切れで丈の長い服をこしらえる。目玉の代わりに、赤くて丸いローズヒップの実を二粒、人形の目にあたる部分に取り付ける。
あっという間に、肉桂を模った藁人形が出来上がった。

「……わぁ…わたくし、器用…!!」

その高い完成度にローズマリー自身が驚いた。
ぼんやりとしたちょっと気怠そうな無表情まで生写しだ。
誰かをモデルにした人形なんて、ここ100年は呪いをぶつけるためにしか作っていなかったが、今回ばかりは純粋なローズマリーの作品だ。
“肉桂を作りたい”。彼女は無意識に、そんな欲求を抱いていたのだ。


藁人形一号だけでもかなりの完成度だが、ローズマリーは満足しない。
たっぷりとある材料を惜しみなく使い、同じ人形をもうひとつ、またひとつと作り始める。
ゾンビの本懐である底無しの食欲が、彼女の場合は“創作意欲”へと昇華したのだ。

「……髪はもう少し…長かったかしら…。牙もちょっと……。」

独り言を呟きながら、記憶に焼きついた肉桂の姿を写し取っていく。

姿だけではなく、さっき彼が言ってくれた言葉も頭を占める。

『素敵な才能だと思います。』

『ローズマリーさんは手先が器用なんですね。』

褒めてもらったことが嬉しくて、そんな素直な言葉を口に出来る彼のことが気になって…、

「……うふ、ギュフッ、ギュフフ…!ガウゥ〜!」

ローズマリーは人形を抱き締め、不気味な嬉し笑いを漏らして、脚をバタつかせるのだった。