二人は墓場の霊廟へ辿り着いた。
目的はローズマリーの欠損した左腕を治すため。
以前用いた型紙と、霊廟周辺の土と灰を混ぜ、あっという間にオリジナルと同サイズの左腕を形成した。
あとは仕上げとして、胴体の欠損部にくっつけるだけなのだが…
「ダメですわ…。上手く体にくっつかない…。」
聖水で完全に浄化された腕の断面には、どう頑張っても、土と灰で出来た腕は定着しなかったのだ。
聖水効果か、よく見れば金色にキラキラ光る断面が、過剰演出に感じられる。
「なんとか聖水の力を弱められないでしょうか。
熱すればお清め成分も殺菌されるとか。」
「聖なる力に理科の知識は関係ないんですのよ…。」
魔法や祈りは大抵の場合概念だ。
しかし困った事態だ。
腕が治らないとなると、今後のローズマリーの創作活動にも支障が出る。
一見無表情な肉桂も内心は、自分のせいで…とひどい自責の念に駆られる始末。
キリスト教の根深いお清めパワーの前になす術なし。そう思えたが…
「では、私の“血”を混ぜてみましょう。」
肉桂が思い出したのは、ヒューゴとの戦闘時。
ヒューゴの十字架と聖書は、いずれも肉桂には効果が無かった。それは二人の信奉する“宗旨”が異なるから。
死してなお豚骨ラーメン並みに道教色の濃い肉桂の血が、もしかすると聖水の効果を弱めるのでは?
「そ、そんな、肉桂様の体を傷付けるなんて…!」
「ローズマリーさんのほうがずっと傷付いています。それに比べたら軽すぎる代価です。」
肉桂は言うが早いか、自身の鋭い牙で親指の腹の皮膚を食いちぎる。
滴り落ちるのは、真っ黒で粘度の高い血。それを左腕に混ぜ込むローズマリー。
腕は暗さを増し、ローズマリーの本来の皮膚よりも黒い色味となった。
果たして聖水の効果は弱まるだろうか。
生唾を飲み、ゆっくりと左腕を断面へと押し当てる。
「……あっ!」
さっきまで主張激しく煌めいていた聖水の輝きが、一瞬にしてドス黒い影に覆われた。
そして、ローズマリー本人さえ驚くほど、左腕はすんなりと体に馴染んだのだ。
肘を上へ下へと動かし、手の平を握って開いてを繰り返す。
動きはスムーズで、違和感もない。
「……す、すごいですわ。主な生地は土と灰なのに、肉桂様の血を繋ぎにしただけで…。」
「ハンバーグみたいですね。」
新しく馴染んだ左腕を感慨深げに見つめるローズマリー。
安堵と、感激と、感謝。それらの温かな感情が胸を満たす。止まったはずの心臓が脈打つ錯覚さえある。
「…肉桂様に作って頂いた左腕が、戻って来てくれたようですわ。」
ーーー二度もわたくしのために力を尽くしてくださって…、
「ーーー肉桂様、ありがとうございます。」
ローズマリーは、目を細めて柔らかく微笑んだ。
「っ!」
その表情を見た時、肉桂は雷に打たれたように体をビクッと震わせ、そして死体のように硬直した。
にこやかなローズマリーと、完全に沈黙する肉桂。
そんな様子が十秒ほど続き、さすがに妙だと思ったローズマリーが、顔を強張らせて恐る恐る声を掛ける。
「…に、肉桂様?どうかなさったの?
急に動かなく……、」
そこでふと思い当たることがひとつ。
半顔が崩れた自分の笑顔なんかを見たせいで、体が固まるほどの不快感を与えてしまったのでは。
「……ももも、申し訳ありませんわ…!
わたくしときたら、見苦しい顔を…!」
「……いえ。」
やっと体の自由を取り戻した肉桂。
顔は見慣れた無表情のまま。声色も淡々と通常通り。
「…ローズマリーさんの笑顔が可愛らしくて、言葉を無くしてしまいました。」
「エッ!!」
顔面にストレートパンチを食らったような衝撃が、ローズマリーを襲う。
「ローズマリーさんは笑うと可愛らしいので、これからもたびたび笑顔を見せてほしいです。」
「……そ、そんなこと、100年ぶりに言われましたわ…。」
生前は花も恥じらう美女として、家族に愛でられ育ったローズマリー。
ゾンビとなってからは容貌の変化と、内向的かつ陰湿的に変わった性格のせいで、こんなに素直に笑ったことは無かった。
そのきっかけをくれたのも、他ならない目の前のキョンシーだ。
それに気付けたことを、とても幸福に思える。
「…肉桂様を……、」
ローズマリーは唇を引き結ぶ。
ーーー肉桂様を想う時間がわたくしを、少しは綺麗にしてくれたのかもしれませんわね…。
代わりに、また小さく幸せな笑みを浮かべた。
「……私がどうかしましたか?」
「なっ、なんでもありませんわ!
ありがとうございますっ!」
ニヤケ顔を見られたくなくて、すぐさま真後ろを向いてしまった。
そんな彼女を、少し残念そうな肉桂が見つめる。
「……まあ、いいか。」
ーーーこれからはいくらでも話す時間があるのだから。
霊廟の中は相変わらず、たまらず隠してしまいたくなるような、魂を込めた創作物に溢れている。
それらはこれからも、際限なく増え続けていくことだろう。
ローズマリーの“幸せ”の証が、これからも増えていくのだ。
稀有にも、最上の“推し”に見守られるという環境の中で。
〈了〉



