「だけど奢ってもらう理由がないじゃないですか。……それにここには元カレと決別するために来たんです」

「どういうことだ?」

 エレベーター前で足を止めて呼び出しボタンを押すと、理人さんは理由を聞いてきた。

「実はこのホテルで結婚式を挙げるのが夢だったんです。だけど叶わぬ夢になってしまったので、彼からもらった慰謝料で自分をめいっぱい着飾って、一番高いコース料理を食べてきれいさっぱり彼のことは忘れようと思って」

 理人さんから聞いてきたというのに、説明したら彼は目を瞬かせる。だけどすぐに表情は崩れ、「フフッ」と笑みを零した。

「なるほど、そういう事情があるなら奢るわけにはいかないな。バーに着いたらお金を受け取るよ」

「はい、ぜひそうしてください」

 わかってくれて安堵したところで到着したエレベーターに乗り、彼が階数ボタンを押すと扉は閉まって降りていく。

「しかし長年交際して結婚まで考えた相手だったんだ、正直、つらくないのか?」

「それは……どう、なんでしょう」

 当事者なのに自分の気持ちがよくわからない。