狂った雷

声を押し殺しながら泣いていると、「どうしたんだ?こんなところで何故泣いている?」と声がかけられ、杏はゆっくりと顔を上げた。

神社には人は誰もいなかったはずだ。だが、今目の前に一人の男性が立っている。気配なども全く感じなかったため、少し杏は驚いてしまった。

男性は褐色の肌をしており、深緑の美しい着物を着て、腰には刀を差している。艶やかな黒い髪は少しウェーブがかっており、モスグリーンの瞳をしている。まるで、どこかの芸者のような華やかな顔立ちに、杏の胸が一瞬トクンと音を立て、緊張する。婚約者である男性よりも、目の前にいる男性の方が顔立ちが良いためだ。

「目が腫れておる。これで冷やせ」

「あ、ありがとうございます……」

男性に手渡された黒い手拭いを、杏は恐る恐る受け取る。手拭いはどこかで濡らしてきたようで、湿っていた。それを泣きすぎて腫れた目に当たると、どこか心地よく感じる。

「我はヤクサノイカヅチノカミ。この地に住んでおり、困っている人の力になりたいと思っておる。何があったか、教えてくれぬか?」