(俺は彼女に関してだけは冷静になれない……)
 
 彼女が腕から逃げた後、我に返って焦った。
 これ以上彼女に嫌われたくなくて、同情を誘うように少々大げさに肩を落としてみると、優しい唯花は改めて話をすることに同意してくれた。
 機を逃さず帰ったらすぐに彼女と話をしよう。

(かわいそうに……俺みたいなタチの悪い執着男に振り回されて)

 窓の下には台北の繁華街が見える。
 夜なお明るい街の様子に彼女と運命的な出会いをした時のことを思い出した。
 
 9年前、透は自棄になっていた。
 実の父親は一流企業の社員だが浮気を繰り返すクズ男だった。
 若くして結婚し透を生んだ世間知らずの母はいつも泣かされながらも離婚をしなかった。
 表面上は体裁を保ちながら実は崩壊している。そんな家庭だった。
 透は優等生に成長した。自分が良い子でいれば母は喜んでくれたから。

 透が高校の時、酔った父が母に暴力を振ったことを切っ掛けに『あんな父親ならいない方がいい』と母に強く離婚を勧めた。
 離婚が成立し、母と家を出た。今までのように裕福な暮らしはできなくても安心して暮らせると安堵した矢先、母に告げられたのは就職先で出会った男の子供を妊娠したということだった。