好きとか愛とか

同じ学校なのだから一緒に行けばいいと言われもしたけれど、勉強したいからという理由で壱矢より早く家を出ることにしている。

 「行ってきます」

リビングから聴こえる談笑に向けて声をかけた。

 「今日も早いね、壱ちゃん。気をつけて」

玄関で見送ってくれたのは、たまたまそこを通りかかった義理の父、奥津恭吾。
物腰柔らかく、壱矢とよく似た顔の作りは年齢よりずっと若く見えて、イケオジである。
そして、会社経営者。
社長様だ。
こんなルックスもよくハイスペックな男が、いったいなんの縁でうちの母とくっついて結婚までしたのか未だに理由が分からない。
政略結婚やらなんやら、いくらでもあったろうに。

母は美人でもなく、どちらかというとぼんやりした顔で男の好む容姿でもない。
おっちょこちょいな方だとは思うし、そつなくこなせる人でもない。
ただ、一緒にいるとほっこりするというか、柔らかい空気をいつもかもしているような人ではある。

だから、私と妹と比べるような発言をしても空気が凍りつくことはなく、日常会話として流れていくのだ。
壱も愛羅ちゃんを見習って可愛らしくなって欲しいわ、という言葉一つとってみても、ほんわりふわふわした言い方だから引っ掛かりもしないのだろう。
まぁ、母が本当はどんな人だったかもうほとんど思い出せはしないが…。

 「ありがとうございます。恭吾さんも気をつけてください」

お父さんとは呼べず、また、恭吾さんも無理に呼ばなくていいということで名前にさん付けさせてもらっている。
優しい人にこんな態度しかとれずにすまない気持ちもある。
きっと今も、私と妹との差を頭に思い描いているのだろう。
そんなことは微塵も出さないけれど…。