好きとか愛とか

巡査長と呼ばれた婦警さんが私を抱き起こし、はだけたシャツの前を素早く合わせる。

 「身長180前後の細身の男性、黒髪メガネのスーツ。刃物を所持して南へ逃走、追ってっ!」

端的に指示を飛ばすと、受けた男性警察官がもうダッシュで林の中へ消えていった。
婦警さんは「触るわね」と一言つけると、震える私の体を労るように擦ってくれた。
後頭部と背中を打ち付けているのを見たのだろうか、そこには一切触れること無く何度も撫でてくれている。
それでも治まることはなく、胸元で握りしめた両手は小刻みに早く振動し、合わさらない歯はカチカチ音を立てていた。

 「もう大丈夫よ。もう大丈夫だからね」

擦ると同時に私が怪我をしていないか確認していく。

 「あなた名前は?言える?」

尋ねられて一つ頷いたつもりだが、できたかどうか分からない。

 「………さぃ、が」

ガチャガチャうるさい歯の間から、蚊の哭くほどの小さな声で自分の名字を吐き出すのが限界だった。

 「さいがさん?」

頷いて答えると、婦警さんが微笑んでくれた。

 「さいがさん、私がいるからもう大丈夫ですよ」

婦警さんの表情が優しすぎて、助かったことと優しさを向けられたことが強張りすぎていた体に一気に浸透して、恐怖と安堵の落差についていけなかった頭は急激に回転するのを止めた。
頭がくらくらして意識が遠退きそうになるが、こんなところにいつまでもいたくない気持ちが勝って体が勝手に動き出す。
早くここから逃げたい。
早く、早く…。
婦警さんに付き添われ、入ってきたのとは別の方向から林を出る。
停めてあったパトカーに乗せられて初めて、自分が助かったのだと心底感じることができた。
そこで改めて、義理の妹を迎えに来たこと思い出した。