壱矢からはああ言ってもらえて気持ちは楽になったけれど、それでも帰る気にはなれなくて。
この場所から動きたくなかった。
帰らなくていいと安心した体が、強く拒否している。
そんな私の頭を撫でた壱矢が、苦笑いして手を差し出した。

 「俺はお前の兄ちゃんじゃないしなるつもりもないけど、お前を心配してる俺のことは否定すんな。頼むから」

月の光に照らされた壱矢の瞳は真剣そのもので、真っ直ぐに私を見つめている。
家族の義務ではく、一人の人間として一個人として心配してくれている。
だからだったんだろう。
いつもは苦手で、できることなら避けていたい壱矢の手を取ることができたのは。
壱矢の手のひらに自分の手を乗せると、捕まえたとばかりに握り取られた。

 「考えます…」

引かれるままに立ち上がり、隣に並んで歩く。
こんなふうに壱矢と近い距離を歩くのは、初めてかもしれない。

 「あとさぁ、スマホ持てよ。連絡取れなくて困る」

私はスマホや携帯電話を持っていない。
中学の時から友達は多い方でもなく、高校に入る前も携帯を持っていなかったためなくても困らない私は、そういう類いのものに執着はなかった。
仲のいい友達は家に電話をかけてきてくれるし不都合もなかった。