好きとか愛とか

言い澱む壱矢が両手を握りしめている。
私は母から離れて壱矢のそばまで行くと、一回りも二回りも大きなその手を抱き締めた。
ぴくっとなった壱矢が驚いたように私を見た後、安堵した顔で微笑んだ。

 「俺の無理を聞いてくれて、ありがとう」

あの日から壱矢がずっと口にしたかったのはごめんではなく、感謝だった。
私とのこと、これからのこと、それぞれへの感謝。
壱矢の嘘偽り無い、今できる恭吾さんへの最大の譲歩。
恭吾さんの目が見開いて、そして緩やかに柔らかく口元が綻んだ。

 「分かってる。分かってるから。壱矢は間違ってなかった。守るものを、俺よりちゃんと分かってた。だから大丈夫」

 「親父…」

恭吾さんのごつっとした手のひらが、壱矢の頭を撫でる。
大人な壱矢がふと、とても年より幼く見えて。
普段どれだけ気を張っているのかがうかがえた。

 「ただし、間違えるなよ」

 「間違えねぇよ」

いつか聞いたそれとは違う、前向きな二人。
話した言葉の数は少ないけれど、返ってそれでよかった。
少ない中にも込められたものが強くて、それ以上の言葉はいらなかった。
母さんも恭吾さんも、今の伝え方で、私たちには精一杯だった。

遠くなっていく二人の背中を見送りながら、表現しがたい気持ちが込み上げた。
今までのいざこざへの和解がすんだような、目の上のたんこぶが消えたような、喉に刺さっていた小骨が取れたみたいな。
反面、やはり傷つけてしまったのではないかという罪悪。
けれど、二人の表情からは私たち二人を責めるものなどなにも見えなかった。
これでよかったのだ。