好きとか愛とか

ただただそれだけだった。

 「壱…」

母のか細い声が風に乗って届く。

 「愛羅のことは正直、そんなに、まぁ、どうなったところでどうでもいいんだけと…あ、ごめんなさい、恭吾さん」

正直な本音を口にして、正面切って愛羅をディスってしまったことに慌てて恭吾さんに詫びをいれた。
愛娘の将来がどうでもいいなどと面と向かって言われてしまっては心中穏やかではいられないだろうはずが、恭吾さんはそんな表情微塵も見せていない。
苦笑して、軽く手を上げた。

 「いや、当然だ」

あながち嘘ではない顔でそう続けた。

 「母さんのことも恭吾さんのことも、このままでいいなんて思ってない。いつか、ほんとにいつか…」

昔みたいに───
昔の私と一緒に、壱矢もきっと家に戻りたいと思ってるはず。
歪み始めた視界の先から、母がゆっくり近付いて私を軽く抱き締めた。
頭を撫でて、ぽんぽんとタップする。
母がこうしてくれた最後を、私はもう無理に思い出そうとはしなかった。

 「壱…分かってる。分かってるから。私もその準備を始めたから、最後までちゃんとやりきるわ」

 「母さん…」

ごめんなさい、は、不思議と声にならなかった。
母の体温がいつぶりかに沁みる。

 「親父…、俺…」

重々しい声で、不安を含んだ語気の壱矢が恭吾さんを呼んだ。
言いたいことはたくさんあって、きっとずっと切り出し方を模索していたはずなのに、なかなか言葉にできていない。