よほど急がなくてはならなかったのだろう。
走ってはいけないはずの廊下に慌ただしい足音が響いている。
感謝だ。
家に帰らなくてすむ堂々とした理由が欲しかったので有りがたい。

 “今日も遅い?”

今朝壱矢に言われたことがよみがえる。
私の帰りはいつも遅い。
週のほとんどを、何かしらの雑用で放課後を潰している。
美化委員の仕事や、図書の仕事、美術室の整頓等々、頼まれれば絶対断らない。
なんなら頼んでくれ、もっと言うなら全ての委員を自分でやりたいくらいである。
ただ勉強だけして帰る日もあるしそれだけでもいいのだけど、適度に身体を動かして雑用するのもほどよく疲れて気分がいい。
クラスメイトもそろそろ、私に頼むと断らないことを理解し始めている。
向こうは早く帰りたい、私は帰りたくない、ウィンウィンだ。

 「壱ちゃん、いつも引き受けてるけど大丈夫??私も手伝うよ?今日のお礼もしたいし」

そばで聞いていた安倍さんが心配げな顔を浮かべている。

 「全然平気だから」

 「でも…」

 「だって安倍さん、今日荻野先輩と一緒に帰るんじゃなかった?」

 「そう、なんだけど」

 「だったら、せっかくのチャンス無駄にしないで欲しい」

今日の昼休み、伝えた通りに荻野先輩は特進棟に来てくれた。
空き教室で色々話が出来たと、彼女が嬉しそうに話してくれた。
また、今日帰る約束も取り付けたのだと興奮もしていて、喜ぶ彼女がとても可愛らしかった。
女の子、といった感じで。
でもまさかそこまで話が進んだとは驚きで、でも勇気を出してそういう展開に持っていった両者の勇気に私もいくぶんか高揚した。
なので、その予定を潰すような真似もしたくない。
とんだ野暮ってもんだろう。
それくらい、恋愛経験のない私にだって分かる。